第五十二話 エピソード 恩を返したいケモ耳娘と貴族の娘(ナポリタンとヒステリア)①

 ブタさんの元に辿り着いたわたしは、身動きが取れないように四肢を縛り上げられて、丸焼き機に縛り付けられ、火にあぶられているブタさんを助けようと、ブタさんを丸焼き機に縛り付けている火に強そうで、頑丈そうなロープに左手を伸ばした。


「あつッ!?」


 わたしは反射的に左手を手元に戻して小さな悲鳴を上げた。


 どうやらわたしがブタさんの手足や体を縛り付けるロープに伸ばした左手が、丸焼き木の下で燃え盛る焚き火にあぶられたために、軽い火傷を負ったらしかった。


 わたしは左手の熱さを和らげるために、右手で熱くなった部分を優しくこすり始めた。


 だめだ。わたしがこんなことくらいで逃げてちゃブタさんを助けられない。ブタさんが丸焼き広場に運ばれて丸焼き機に縛り付けられてるってことは、きっとブタさんを助けるように頼んだお父さんの願いは領主様に取り上げられなかったんだ。


 だとしたら、今ブタさんを助けられるのはわたししかいないんだっだからっブタさんはわたしが何としてでも助けるしかないんだ! 決意を新たにしたわたしは、意を決して今度は火傷のしていない右手をブタさんの体へと伸ばした。


 今度はさっき火傷した教訓を生かして、ブタさんを縛り付けているロープではなく。ブタさん自身を起こして、丸焼き機から脱出するのを手伝ってもらおうというのだ。


「ブタさんっ大丈夫ブタさんっしっかりして!」


 わたしは丸焼き機に縛り付けられているブタさんを、必死になって起こそうと揺り動かした。


 けれどブタさんの巨体は、非力なわたしの力ではビクともしなかった。


 早くっ早く何とかしないとっブタさんが丸焼きになっちゃう! そう思いながらわたしが、必死になってブタさんを起こそうと、ブタさんの巨大な体をゆすっていると、綺麗な金髪をクルクル巻き毛のお姫様カットにしたわたしと同い年ぐらいのやたらほっそりとした体つきの一人の女の人が近寄ってきて、ブタさんの置かれている状況を見て声を上げた。


「まずいですわっ意識がありませんっ早く火を消さないと!」


「ヒステリア様!? どうしてこんなところに!?」


 そう、わたしがブタさんを揺り起こそうとしているところに現れたのは、このオールストン地方を収める領主様の娘さん。つまりこの地のお姫様だったのだ。


「確かオルガの娘さんでしたわね」


 ヒステリア様はブタさんを必死に揺り起こそうとしているわたしに声をかけてくる。


「はいっナナリーと申しますっ」


「堅苦しい挨拶は後回しですわっ今は何とかしてブタ様を早くお助けしないと!」


 意外にもヒステリア様はブタさんを助けるのに力を貸してくれるという。領主の娘さんで、貴族でありお姫様でもあるヒステリア様が、ブタさんを助けるのに力を貸してくれるということに違和感を覚えた私は、つい訪ねてしまう。


「ヒステリア様も、ブタさんを助けるのに力を貸してくださるのですか?」


「ナナリーさんと同じように、わたくしもブタ様に命を助けられましたの。一緒にブタ様を助け出しますわよっ」


「はいっ」


 ヒステリア様はご自身もブタさんに助けられたことをわたしに教えてくれて、ブタさんを一緒に助ける理由を教えてくれた。


「ナナリーさんっこのままだとブタ様が美味しいブタの丸焼きになってしまいますわっまずは火を消しますわよ!」


「はい! ヒステリア様!」


 火を消す。か。さすがヒステリア様は貴族様だ。わたしが気が付かなかったことをあっさりと思いついてる。


 でも冷静になればそうだよね。ブタさんは丸焼き機に縛り付けられてるけど、丸焼き機の下のブタさんを炙る焚火の火を消してしまえば、ブタさんを助けることがものすごく簡単になるからだ。


 こんなことにも気がつかないなんて、獣人のわたしって、やっぱりおバカさんなのかな? と思いながらも、ヒステリア様に指示された通りにわたしは必死になって、丸焼き機の下で燃え盛っている焚火を消そうとした。


 わたしとお姫様のヒステリア様は、何とか足で焚火の火を消そうとするが、ブタさんを炙る焚火の火の勢いが強すぎて、足で蹴り払ったぐらいではとても消せそうになかったために、わたしはどうすればいいかわからずにヒステリックな声を上げた。


「ダメですヒステリア様っ火の勢いが収まりません!」


「諦めてはだめですわよナナリーさん! なんとしてでも火を消すのですわ!」


「はい! ヒステリア様!」


 必死になって丸焼き機の下の火を踏んで消そうとしていると、わたしがたき火に近づきすぎたのがよくなかったのか、わたしの履いていた森鹿などの動物の皮でお母さんが作ってくれた靴に、焚火の火が燃え移ってしまい。わたしはあわててパニックを起こしそうになってしまう。


「ナナリーなにをしている!」


 怒声を上げながらわたしの靴に燃え移った火を一瞬ではたき落として鎮火させながら、一人の野性味あふれる狼のような鋭い耳と尻尾を生やした獣人が現れてわたしのことを助けると同時に、丸焼き機の下で燃え盛っていた焚火を一蹴して、鎮火してしまう。


 わたしを助けて、焚火の火を消してくれた狼の獣人であるわたしのお父さんが、心配と怒りのないまぜになったような表情をしながらわたしを怒鳴りつける。


「ナナリーこんなところで一体何をしていると聞いている!」


 お父さんがわたしを叱る剣幕に一瞬わたしは口ごもりそうになりながらも、ブタさんを助けたい一心で、わたしはお父さんに勇気を振り絞って反論した。


「何ってお父さんっブタさんを助けようとしてるに決まってるじゃない!」


 そうやってわたしが怒鳴り返すと、まるでわたしの援護射撃をするようにヒステリア様がお父さんに命令口調で怒鳴りつける。


「そうですわオルガッあなたも今すぐブタ様をお助けするのを手伝いなさい!」


「ヒステリア様。それは承知いたしかねます」


「なぜですの?」


「このブタの使い道はすでに決まっているからです」


 お父さんが鎮火した丸焼き機に縛り付けられているブタさんに視線を向けなが口にする。


「どういうことですの?」


「そうだよお父さんブタさんの使い道が決まってるってどういうことなの!」


 ブタさんの使い道が決まっていると口にしたお父さんの言葉を聞いたわたしとヒステリア様がお父さんに問い返した。


「ヒステリア様。そしてナナリーよく聞くのだ。このブタはこのオールストンの城下町に侵入してきた奴をおびき寄せるエサとして使われることが決まっているのだ」


「おびき寄せるエサってどういうことですの!?」


「そうだよお父さんっそんなこと誰が決めたの!?」


 わたしとヒステリア様はお父さんの言葉に納得がいかずに声を荒らげる。


 わたしとヒステリア様が声を荒らげているというのに、お父さんは、まったく臆した風もなくただ淡々と答えただけだった。


「領主様だ」


「領主……様が?」


 お父さんから出てきた言葉に一瞬息を詰まらせるわたしをよそに、さすがというべきだろうか。ヒステリア様が怒りを含んだ声を上げる。


「いくらお父様だってやっていいことと悪いことがありますわ!」


 そしてわたしもヒステリア様に触発されて、一瞬息を詰まらせたことなど忘れて、お父さんに声を荒げて反論する。


「そうだよお父さんっいくら領主様だからってやっていいことと悪いことがあるよ! ブタさんは私とヒステリア様の命の恩人なんだよっその恩人さんをよりにもよっておびき寄せるエサにするだなんてっわたし納得できないよっ!」


 今度はわたしの怒りの声を後押しに、ヒステリア様がオーガキングすら逃げ出すほどの物凄い剣幕でがなり立てる。


「そうですわオルガッ今すぐそのお父様の命令を破棄してわたくしたちに手を貸しなさい!」


「それは無理ですヒステリア様」


 ヒステリア様にがなり立てられたにもかかわらず、お父さんはただ淡々と断わりの言葉を述べるのみだった。


「どうしてですのオルガッお父様の命令は聞けてもっわたくしの命令がきけないっていうのですかっ!」


「そうだよっどうしてヒステリア様の命令はきけないのお父さん!」


「それはこの街を護るにはこれしか方法がないからだ」


 実の娘であるわたしと領主様の娘でこの国のお姫様でもあるヒステリア様の非難の声を真っ正面から受け止めながら、お父さんが悔しそうに歯噛みして答えてくる。


「どういうこと……ですの?」


 悔しそうに歯噛みしながら説明してくるお父さんの姿を見て、ヒステリア様はお父さんには何かブタさんをエサにしないとならない事情があると思ったのかお父さんに事情を尋ねてきた。

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