27 密談
バンダーン・エクス・トワ皇帝。巨大な銀河帝国のトップ。神の色は、金色だがエルナよりも色は薄く、銀髪にも見える。目の色は深い藍色。がっしりとした体格で、4、50代に見える。地球基準だが。
今の服装は、古代ローマ人のトーガに似た、ゆったりとした白い服に目と同じ色のズボン、黒いブーツ。ここまでの道中で見た一般の人たちとあまり変わらない服装だ。
「君がタケル君か。よろしく」
差し出された手を握ると、力強く握りしめられた。
「タケルです。よろしくお願いします」
握る手に力を込めて握り返した。トワ帝国皇帝バンダーンは、まだ銀河文明に参加していない辺境の星に住んでいた若者の目を見据えて笑った。
「今日は非公式だ。リラックスしてくれ給え」
非公式、つまり“お忍び”ということだ。すると扉の前にいたのは護衛か。あんなに敵意をまき散らしている護衛を連れていたら、お忍びがバレてしまうんじゃないかと、タケルは人ごとながら心配になった。
全員が席に着くと、会食が始まった。豪勢な料理がテーブルの上に並べられる。これが一般的なトワ帝国のスタイルなのだろうか?あとでクリスに聞いてみようと、タケルはエルナやクリスが食事に手を付けるところを観察しながら思った。
各自が好きな料理をとりわけながら、当たり障りのない会話が続く。ほとんどがエルナと皇帝の会話で、クリスが時々混ぜっ返す。タケルは聞き役に回った。タケルには、皇帝に話すような面白い話のネタはなかった。
皇帝は健啖家であった。タケルも検査で軟禁されていた3日間の恨みを晴らすかのように食べた。クリスが保証したように、料理はどれも美味しかった。ただ、原材料に見当がつかない料理も多かった。
あらかたの料理が食べ尽くされると、テーブルの上にあった皿は片付けられ、各自の前に甘い菓子と香りの強い飲み物が置かれた。菓子はデザートか。飲み物に口を付けると、口の中に香りが広がる。ハーブティーに似ているなとタケルは感じた。
お茶を飲んでホッと一息ついたところで、おもむろに皇帝が口を開いた。
「タケル君とふたりきりで話がしたいのだが、いいかね?」
「ええ」
「もちろん」
こうしたことは良くあることなのだろうか、エルナとクリスは滑らかに席を立ち、入り口とは別の扉から奥の部屋へと移動していった。もちろんタケルに否応もない。皇帝は服の中から手のひら大の機械を取り出すと、テーブルの上に置いてスイッチのようなものを触った。表面のインジケーターが赤から青に変わる。
「これでこの部屋の音は外に漏れない。次は……ドナリエル」
『ここに』
「トワ帝国皇帝が命ずる。『
『……受諾』
「これでドナリエルも停止した。これからの会話は記録されない」
タケルが後から確認したところ、ドナリエルを停止できるのはトワ帝国皇帝とエルナ、そしてドナリエルの設計者のみだという。どんなしくみかは判らないが、タケルが『
「さて、タケル君。今の私はトワ皇帝としてではなく、ひとりの父親、エルナの親として君と話している」
「はい」
「では尋ねる。君がエルナにプロポーズしたというのは本当かね?」
「えっ!? ええぇーーっ!」
意外すぎる問いかけであった。タケルにとって、まさに想定外。
「たっ、確かにエルナのことは好きですが、がっ」
慌てて挙動不審になるタケル。なにしろプロポーズどころか、自分の気持ちも相手に伝えたことはないのだから。必死に記憶を遡ってみても、そんなことを言った覚えはない。
その様子を見て、皇帝は深くため息をつき、椅子の背もたれに背を預けた。
「やはりそうか。そうではないかと思っていたよ。あれは、少々おっちょこちょいなところがあるからな」
そして再び身を乗り出す。さすがに大帝国の皇帝、その迫力は尋常ではない。
「君は、エルナをどう思っているのかね?……遊びか?もしそうなら――」
「好きです!遊びなんかじゃありません!」
皇帝の言葉にやや喰い気味に答えるタケル。公式の場であったら、不敬罪に問われたかもしれない。
「最初に会ったときから、その時エルナは意識を失っていましたが、あの時から本気で護りたいと思っています」
バンダーン皇帝の視線が、タケルの視線とぶつかり合う。そのまま何分経ったろうか。タケルがそう感じただけで、実際には数秒のことだったのかも知れない。
「――ならば、よし。すまんな、脅すような真似をして」
「いえ、構いません。世の父親はみな同じでしょう」
ふん、と笑う皇帝。
「まずは誤解を解いておくとしよう。君は
エルナを自宅に運び、そこで熱を測ろうとした、あの時だ。
「えぇ、確かにしましたが……」
「うむ。それはな、我が帝国ではプロポーズの時に行う仕草なのだ」
「あれが?あれがプロポーズ……?」
「もちろん、君の国では違うと判っているよ。でもな、エルナはプロポーズの意味で受け取り、それを受け入れたのだ。だから、君を紹介する時にも、“婚約者”であるとな」
タケルは驚きすぎて言葉もない。そういえば、あの時、ドナリエルも変な反応をしていたっけ、と今更ながらに思い出すタケル。
「文化も習慣も違うのだから、プロポーズではない。このまま何もなかっと言うことにしても良いのだが、もう
帝王、いやエルナの父親の問いかけに、タケルは大きく頷いた。エルナが自分と同じ気持ちであったことはうれしい。できれば、本人同士で確か合いたかったが。これはきちんと確かめておかなくてはいけないとタケルは思った。
「もちろん、それが叶うなら、一生を掛けてエルナを護ります」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
「ボクは帝国のこととか、貴族のこととかよく判りません。でも、身分が違うことはよく分かっています。陛下はそれでも構わないのですか?」
タケルが疑問を口にする。それは今思いついた言葉ではなく、ずっと、タケルが心の中で考えてきたことだった。
「身分?あぁ、それに関しては何とでもなる。まぁ、少し時間はかかるかもしれないが。それよりも、まず問題になりそうなのは帝位継承だな」
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