26 不意打ちの顔合わせ

「お詫びといっては何だが、セト・トワでも一番のレストランを予約したんだ。医療機関ここのメシは美味しくなかっただろ?な?」

 自分の考えに没入していたタケルを見て、怒っているのかと勘違いしたクリスは、機嫌を取るように話しかけてきた。

「食事か。そういえば、そうだね。地球でもあまり病院の食事は美味しくない」

 病院関係者の名誉のために書いておくと、すべての病院食が美味しくないわけではないし、それぞれの病状に応じて使用する食材や調味料を選択し、味ではなく栄養を重視しているからだ。また、大きな病院では配膳に時間がかかり、冷めてしまうということもある。


                ◇


 タケルとクリスはクリスの護衛ふたりと共に、医療ステーションから軌道上ステーション《マヴロヴァ2》へとやってきた。このステーションはセト4の静止軌道上にあり、惑星の玄関口ポータルとなっている。外形は巨大なドーナッツ状で、直径はおよそ6キロメートル。厚さは800メートルほど。バームクーヘンのように円周方向に24の階層に分かれている。ゆっくりと回転しているため、一番外側の階層では1.2Gの疑似重力が掛かっている。ステーションの内側には、いくつもの力場発生装置フィールド・ジェネレーターが配置されており、惑星上に設置された同様の力場発生装置フィールド・ジェネレーターと連動することで、地上から軌道までの力場フィールドチューブを形成している。このトンネルを使って、連絡便シャトルが地上とステーションを頻繁に往来している。

 一行は、《マヴロヴァ2》の第20階層にあるレストランの前にやってきた。ステーション到着からレストランまでの移動には時間がかかった。ステーション内では、高速な移動は禁止されており、また、円周方向への移動も制限されているためだ。歩く程度の速度なら問題ないが、回転方向に向かって走れば身体に感じる重力が重くなり、逆に走れば軽くなってしまう。回転による擬似的な重力の発生には、移動方向による重力変化やコリオリりょくの影響などさまざまな欠点があるのだが、ステーション全体の姿勢制御が容易になることや重力発生のメリット、コスト面から疑似重力を発生させるステーションは多い。逆に、タケルが診察を受けた医療ステーションでは、無重量や微少重力によるメリットの方が大きいため、ステーションは回転していない。《マヴロヴァ2》では、要所毎に人工重力を発生させることで欠点を補っている。

 レストランは2階建てで、外観は白い石造りに所々、宝石のような煌びやかな石がはめ込まれている。

「ここは古トワ王国風になっている」

入り口の大きな門をくぐりながら、クリスが説明する。

「古トワ王国?」

『古トワ王国は、約8700年前、銀河に版図を広げる前にあった、トワ帝国の母体となった王国だ』

「8700年前!?文明はそんなに続くものなのか……」


 建物内は意外に明るかった。客だろうか?人間が多くいた。非人型種族ノ・アレジアもちらほら見える。残念ながら、グラジャ人はいないようだ。タケルが天井を見上げると、いくつもの窓が見えた。そこから差し込む光を白い壁にうまく反射させることで、ホールのようなこの場所も明るいのだ。

 クリスの顔を見て出てきた支配人らしき男が、一行を奥へと案内する。

「こちらです」

 男が扉を開けると、クリスは躊躇なく進んでいく。タケルもクリスに続いて中へと入っていく。護衛の2人は扉の両側に立って警備についた。

 扉の先は、先ほどとは少し意匠の違う柱が並ぶ通路になっていた。柱と柱の間には、彫像や胸像などの芸術作品が並んで居る。通路の先には、もうひとつの扉。そしてその両側には男と女がそれぞれ立っていた。制服は着ていないが、おそらく軍人だろうとタケルは検討を付ける。何しろ、剣呑な雰囲気がすごい。特に女の方は、タケルを射貫くような鋭い視線を投げかけている。剥き出しの敵意だ。殺意すら感じる。こんな対応をされてうれしい人間はいない。

 タケルは男女ふたりが視界に入る位置で立ち止まり、半眼になって少し腰を下ろす。上体を半身にし、右足を半歩前、左足を軽く下げて踵を上げる。抜刀の形。残光丸は強化服と共に《ミーバ・ナゴス》に置いてきたが、《マヴロヴァ2》はそもそも武器の持ち込みが禁止されている。前にいるふたりも武器は持っていないように見える。が、油断しない。こちらからは何もしない。殺気も飛ばさない。受け流す。その様子を見て、男は驚いたように一歩下がった。害意はない静観しているということか。だが、女の方は殺気を膨らませた。というより、感情に押さえが聞かなくなっているような……何かの拍子で飛びかかってきそうだ。


「なにしてんの、いくよー」

 空気を読まないクリスの声が、緊張した場を壊した。女は「チッ」と軽く舌打ちして、下がった。


『やれやれ。こっちは変わらんな』

 胸元のスピーカーから、ドナリエルの呟きが聞こえた。

 相手が引いたので、タケルも集中を解く。

「ドナリエルの知り合い?なら止めてよ」

『私が言って、止まるものかよ。お前にしてもな』

 何を失礼な!と憤慨する(フリをした)タケルだったが、ふと、自分がこんなに好戦的であったかと自問する。相手に挑発されたからといって、応じるそぶりを見せてしまうなんて。道場の師匠が見ていたら拳骨が降ってくるところだ。

 地球にいたときには、できるだけ争い事を避けてきた。剣道で鍛えた腕には、ある程度の自信はあったが、「生兵法は大けがの元」とばかりにその腕を振るったことはない。師匠にきつく止められていたからだ。報酬を受け取って悪人を退治する時代劇の馬面同心に、少しあこがれていたことも理由のひとつかも知れない。


 部屋の中には大きなテーブルがひとつ。その周りに椅子が配置されている。そして、ここにも男と女が一人ずつ。女性はタケルのよく知る人物だった。

「タケル、よかった。心配していたんですよ」

「エルナも大丈夫だった?ミーバ・ナゴスのみんなは?」

「えぇ、私は平気です。みんなも大丈夫。今は《ミーバ・ナゴス》の修理を待っているんですよ」

 久しぶりに、と言っても数日間離れていただけなのに、タケルもエルナも話したいことがたくさんあった。

「ごほん」

その会話を、タケルの正面にいる男性が遮った。

「そろそろいいかね?」

エルナが「あっ」という顔をして、すぐに笑った。そんな仕草も可愛いな、とタケルもつられて笑う。


「ご紹介がまだでしたわね。タケル、こちらが私の父、バンダーン・エクス・トワ、です」

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