26 不意打ちの顔合わせ
「お詫びといっては何だが、セト・トワでも一番のレストランを予約したんだ。
自分の考えに没入していたタケルを見て、怒っているのかと勘違いしたクリスは、機嫌を取るように話しかけてきた。
「食事か。そういえば、そうだね。地球でもあまり病院の食事は美味しくない」
病院関係者の名誉のために書いておくと、すべての病院食が美味しくないわけではないし、それぞれの病状に応じて使用する食材や調味料を選択し、味ではなく栄養を重視しているからだ。また、大きな病院では配膳に時間がかかり、冷めてしまうということもある。
◇
タケルとクリスはクリスの護衛ふたりと共に、医療ステーションから軌道上ステーション《マヴロヴァ2》へとやってきた。このステーションはセト4の静止軌道上にあり、惑星の
一行は、《マヴロヴァ2》の第20階層にあるレストランの前にやってきた。ステーション到着からレストランまでの移動には時間がかかった。ステーション内では、高速な移動は禁止されており、また、円周方向への移動も制限されているためだ。歩く程度の速度なら問題ないが、回転方向に向かって走れば身体に感じる重力が重くなり、逆に走れば軽くなってしまう。回転による擬似的な重力の発生には、移動方向による重力変化やコリオリ
レストランは2階建てで、外観は白い石造りに所々、宝石のような煌びやかな石がはめ込まれている。
「ここは古トワ王国風になっている」
入り口の大きな門をくぐりながら、クリスが説明する。
「古トワ王国?」
『古トワ王国は、約8700年前、銀河に版図を広げる前にあった、トワ帝国の母体となった王国だ』
「8700年前!?文明はそんなに続くものなのか……」
建物内は意外に明るかった。客だろうか?人間が多くいた。
クリスの顔を見て出てきた支配人らしき男が、一行を奥へと案内する。
「こちらです」
男が扉を開けると、クリスは躊躇なく進んでいく。タケルもクリスに続いて中へと入っていく。護衛の2人は扉の両側に立って警備についた。
扉の先は、先ほどとは少し意匠の違う柱が並ぶ通路になっていた。柱と柱の間には、彫像や胸像などの芸術作品が並んで居る。通路の先には、もうひとつの扉。そしてその両側には男と女がそれぞれ立っていた。制服は着ていないが、おそらく軍人だろうとタケルは検討を付ける。何しろ、剣呑な雰囲気がすごい。特に女の方は、タケルを射貫くような鋭い視線を投げかけている。剥き出しの敵意だ。殺意すら感じる。こんな対応をされてうれしい人間はいない。
タケルは男女ふたりが視界に入る位置で立ち止まり、半眼になって少し腰を下ろす。上体を半身にし、右足を半歩前、左足を軽く下げて踵を上げる。抜刀の形。残光丸は強化服と共に《ミーバ・ナゴス》に置いてきたが、《マヴロヴァ2》はそもそも武器の持ち込みが禁止されている。前にいるふたりも武器は持っていないように見える。が、油断しない。こちらからは何もしない。殺気も飛ばさない。受け流す。その様子を見て、男は驚いたように一歩下がった。害意はない静観しているということか。だが、女の方は殺気を膨らませた。というより、感情に押さえが聞かなくなっているような……何かの拍子で飛びかかってきそうだ。
「なにしてんの、いくよー」
空気を読まないクリスの声が、緊張した場を壊した。女は「チッ」と軽く舌打ちして、下がった。
『やれやれ。こっちは変わらんな』
胸元のスピーカーから、ドナリエルの呟きが聞こえた。
相手が引いたので、タケルも集中を解く。
「ドナリエルの知り合い?なら止めてよ」
『私が言って、止まるものかよ。お前にしてもな』
何を失礼な!と憤慨する(フリをした)タケルだったが、ふと、自分がこんなに好戦的であったかと自問する。相手に挑発されたからといって、応じるそぶりを見せてしまうなんて。道場の師匠が見ていたら拳骨が降ってくるところだ。
地球にいたときには、できるだけ争い事を避けてきた。剣道で鍛えた腕には、ある程度の自信はあったが、「生兵法は大けがの元」とばかりにその腕を振るったことはない。師匠にきつく止められていたからだ。報酬を受け取って悪人を退治する時代劇の馬面同心に、少しあこがれていたことも理由のひとつかも知れない。
部屋の中には大きなテーブルがひとつ。その周りに椅子が配置されている。そして、ここにも男と女が一人ずつ。女性はタケルのよく知る人物だった。
「タケル、よかった。心配していたんですよ」
「エルナも大丈夫だった?
「えぇ、私は平気です。みんなも大丈夫。今は《ミーバ・ナゴス》の修理を待っているんですよ」
久しぶりに、と言っても数日間離れていただけなのに、タケルもエルナも話したいことがたくさんあった。
「ごほん」
その会話を、タケルの正面にいる男性が遮った。
「そろそろいいかね?」
エルナが「あっ」という顔をして、すぐに笑った。そんな仕草も可愛いな、とタケルもつられて笑う。
「ご紹介がまだでしたわね。タケル、こちらが私の父、バンダーン・エクス・トワ、トワ帝国皇帝です」
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