20 尋問

 尋問は許可され、ドナリエル(with タケル)、賢人ドーア、そして警備として機関部員のリシン、計3名がベルナルを拘束した拘禁室に向かった。拘禁室は、長方形のコンテナを改造したもので、ひとつの面が透明なものに替えられていた。空調装置とトイレ、簡易ベッドが追加されているので、長期間囚人を監禁しても問題ない。

 タケルが中を覗くと、ベルナルがベッドで横になっている姿が見えた。ドナリエルに促され、タケルがスイッチを押す。これでコンテナの中と双方向の会話が可能となった。ドナリエルが、エルナを狙った憎き相手に話しかける。

『これから尋問を開始する。我々の質問に正直に答えろ』

 ベルナルがベッドから、ゆっくりと起き上がる。計画が失敗し捕まったのだ、意気消沈しているのかと思えば――こちらを見たベルナルの顔には、薄笑いが浮かんでいた。


「やだね」

「なんだとっ!」

声を荒げたのは、リシンだった。仲間を殺され、監禁された恨みは消えていないようだ。

「ふん。お前たちがどう足掻こうと、あのお転婆皇女は死ぬ運命なんだよ」

『計画にはまだ続きがある、ということか?』

「それこそ言うわけがないだろう!残りの日々を怖れながら過ごすがいい!はははっ!」

ベルナルの高笑いを聞きたくないタケルがスイッチから手を離すと、コンテナの中からの声は聞こえなくなった。向こうもこちらの声は聞こえない。

『ふむ、困ったな。こちらには尋問のプロはいないからな』

「えーっと、トワ帝国でも拷問とかは……ないよね?」

“帝国”という語感から、タケルは密かに拷問や虐待もあるのでは、と考えていた。が、『ばからしい』と、ドナリエルに一蹴される。トワ帝国でも人権意識はあるらしい。

「じゃぁ、識章ディレッタスは?あれから情報が読み出せるって言ってたよね?」

『奴は外科手術で識章ディレッタスのコアを抜き取ったようだ。奴の左手を見ろ。識章ディレッタス水晶状端子クリスタルがバラバラになっておる』

ドナリエルの言葉通り、ベルナルの左手甲には、小さな水晶がところどころに残るだけだった。余談だが、外科的手術に頼らなくとも識章ディレッタスを除去することは可能だが、トワ帝国政府直轄の病院で行われる。つまり、ベルナルは違法にトワ帝国民でなくなった、犯罪者なのだ。


「私にやらせてもらえないだろうか?」

それぞれが悩んでいた時、それまで沈黙を守っていた賢人ドーアが口を開く。

『それは構いませんが、一体何を?』

「まぁ、見ていてください。あ、トワ帝国や星間協定に違反するようなことはしませんよ」

賢人ドーアの保護筒プロテクション・ボッドは、するすると滑らかな動きでコンテナに近づくと、本体に収納されていたマニピュレーターを伸ばし、換気装置のパイプにその先端を突き刺した。

「あ!」

賢人ドーアの行動に驚いたリシンが止めようとしたが、伸ばした腕を途中で止めた。タケルは、賢人ドーアとベルナルの様子が視界に収まる位置に移動した。そのうちに、賢者ドーアの身体にさまざまな色の小さな泡が浮かび、混ざったり分離したりしながら頭頂部へと移動する様が見えた。そして、頭頂環の気孔から黄色い気体を噴き出した。その気体は保護筒プロテクション・ボッドの中から、マニュピレーターを通じてコンテナの換気装置へ、そしてコンテナの中へと流れ込む。

しばらくすると、ベルナルが高笑いを止めてベッドに腰掛けた。その目はどこか虚ろだった。


「通話スイッチを入れてください」

換気装置からマニュピレーターを外した賢者ドーアに頼まれたタケルは、コンテナに近づきスイッチを入れる。

「あなたの名前は?」

「……ベルナル」

「生まれは?」

「トワ帝国ケチャ星系トルマ」

先ほどまでの態度が嘘のように、質問に答えていくベルナル。――自白剤。脳神経に作用し、他人の命令に従わせる薬剤。それを賢人ドーアは体内で作り出し、コンテナの中へ放出したのだった。グラジャ星系人の別名は、“生きている化学工場”。

賢人ドーアの質問は続く。

「あなたの主人は?」

「ギッ、ギィーーナァァック、さ、様だ……」

『むぅ、一代貴族コーナのギナック卿か…』

ドナリエルには心当たりがあるらしい。タケルはその時初めてトワ帝国にも貴族制度があると知った。まぁ、なんとなくそうした階級があるんじゃないかとは思っていたが、改めてドナリエルに聞いてみた。簡単に説明すると――。

 現在の皇帝から三等親以内は“王家”、それより離れた血縁を“王族”と呼び、爵位は「エルトー」。地球で言えば「公爵」と言えばいいか。公爵エルトーは基本的に領地を持っている。同じように領地を持つ貴族を“領主”と言う。爵位は「ローアン」、地球で言えば「侯爵」か。侯爵ローアンの下には、行政などを補佐する貴族がいる。これを「ヴァルト」と呼ぶ。地球で言えば「伯爵」。伯爵ヴァルトーは基本的に領地を持たない。そして、「一代貴族コーナ」は、何らかの勲功を挙げて貴族になった者で、一代限り、つまり子孫は庶民に戻る。なお、一代貴族コーナの中でも特に認められた者を「栄誉爵エルトス」と呼ぶ。


一代貴族コーナは総じて上昇志向の強い者が多いが、それにしても……』

 一代限り、とは言え貴族である。その気になれば、今の《ミーバ・ナゴス》を攻撃することは難しくないだろう。《チットナゴス》の送り出しを早まったか。ドナリエルは後悔した。が、いまさらそれを言っても仕方ない。

ドナリエルが考えを巡らせている間、賢人ドーアの質問は核心へと近づいていった。

「あなたの主人以外の協力者は?」

「……知らない」

「なぜエルナ皇女を害しようとしたのですか?」

「……知らない」

「計画を立案したのは誰ですか?」

「ギ、ギナックさま……」

「なぜグラジャ人と一緒だったのですか?」

「そうしろと……言われたから……」


 一通りの質問を終えると、賢人ドーアはタケルたちに向かって、「これ以上は無駄でしょう」と言った。

 結局、ベルナルは末端の手下でしかなく、その後ろには一代貴族コーナギナック。恐らくその後ろにも誰かがいるのだろう。すべては主星系に戻ってから調べる必要がある。今はこの情報を持って、帰還することを優先しなければならない。

 果たして、エルナは無事、トワ帝国へと帰還できるのだろうか?その道筋には、暗雲が垂れ込めていた。

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