19 帰還準備

『それじゃあ、行くね。色々ありがとう』

 《ミーバ=ナゴス》の艦橋ブリッジに、デボルの声が流れる。正面のディスプレイには、黒い航宙艇が映っていた。

『うむ。息災に過ごせ』

「デボルちゃん、元気でね」

 ドナリエルとエルナの挨拶を横で聞いていたタケルは、複雑な心境だった。デポルにとってタケルは、フラジ《マスター》を殺した仇だ。AIにそのような概念はない、とドナリエルは言っていたが、そう簡単に理解できるものではない。この時点で、ドナリエルやデボルを“ひとつの人格”として認めていることに、タケル自身気が付いていなかった。だからこそ、“同じ人間なら当然あるだろう反応”がないことに、不思議さを感じていたのだった。

「なんて言ったらいいのかわからないけれど、助かったよ」

 それは、タケルの本心からの言葉だった。


『爺ちゃんも姫さまも原住民のお兄さんも元気でね』

 デボルとフラジの死体を乗せた黒い航宙艇は、帝国領に続く《ゲート》ではない、もうひとつの《ゲート》を使って太陽系をあとにした。

行き先は決めていない、とデボルは言っていた。もはや暗殺団に帰ることはできないはずだ。これから彼らがどのような運命を辿るのか、それは誰にも分からない。


               ◇


「行っちゃいましたね」

 エルナは寂しそうに呟いた。どうやら子供のようなAIに好感を持っていたようだ。

「そうですね」

 タケルはAIのことも、銀河文明のルールもしらない。無責任ではあるが、当たり障りのない返事しかできない。いや、タケル自身もこの先どうなるか分からない。

(今は、いろいろなものを見て知ることが大事だ)

『心配には及びますまい。若いとはいえ、機能は高いのですから。それよりも、こちらの問題をなんとかしなければなりません』

 タケルの胸元からドナリエルの声が流れる。ジャンプスーツのような船内服の胸元に、ドナリエル専用のスピーカーが付いているのだ。タケルとの会話も、スピーカー経由だ。頭の中で喋られるのは、便利かも知れないけれど精神的にきつい、というタケルからのクレームに、ドナリエルが応じた形だ。

 ドナリエルのいう“問題”のひとつは、乗員の少なさである。乗員、特に艦橋要員の大多数を殺されてしまったため、《ミーバ=ナゴス》を航行させることが難しくなっていた。これは機関部主任の働きと、生き残りの中から小型宇宙船を操縦した経験がある乗員が、即製の深層学習を行うことでカバーすることとなった。もちろん、ドナリエルも支援を行う。

 食料と水の問題もある。殺されてしまった乗員の分以上に、艦を占拠していた傭兵が必要以上に飲食したため、かなりの量が無くなっていたのだった。トロヤ群の避難所から、ある程度の物資を持ち込めたが、帰路の途中で補給する必要がある。

その補給にも問題がある。内通者がいたことから、途中の星系にも裏切り者が存在しないとも限らない。たとえば、水や食料に毒が混ぜられたら?燃料補給の際に爆発物が仕掛けられたら?リスクを避けるなら、補給することなく帝国主星系へ行きたい、とドナリエルは考えていた。対応策のひとつとして、《ゲート》を通過するための次元位相転移エンジンを《チットナゴス》に搭載し、少ない人員の中から小型船の操船経験を持つ従者の一人を乗せ、先触れとして帝国主星系へと向かわせている。上手くいけば、主星系と連絡が付いて途中のどこかで合流出来るかも知れない。

 だが、それでも万全ではない、とドナリエルは考える。少しでもリスクを減らすためには、今回の皇女暗殺未遂事件の背景を明らかにする必要があった。


『ベルナルへの尋問を行う、許可を』

 乗員の主だった者を集めた帰還準備のための会議中、ドナリエルはベルナルの尋問許可を求めた。タケルが《ゲラン》へ乗り込んだ際に、暗殺を指示した犯人として拘束したドナリエルは、《ミーバ=ナゴス》の貨物室にあったコンテナを急遽改造した拘禁室に閉じ込めている。ドナリエルはもっと早くに尋問を始めたかったが、作業が忙しく後回しになっていたのだ。

「そうですね、専門家はいないけれど、一度話を聞いておく必要はあるでしょうね」

『姫様がなさる必要はありません。このドナリエルにお任せください』

 ドナリエルが尋問するということは、タケルが尋問に同席するということだ。準備のために忙しいのはドナリエルであって、タケルではない。単純な肉体労働は、ロボットが行ってしまうので、タケルはやることがなく手持無沙汰であることは事実だが、事前に相談のひとつもないのはどうか、とタケルは苦々しく思う。特に最近のドナリエルは、タケルの意向を無視する傾向があった。

「でも……」

「では、わたくしに同席させていただけませんか?力不足かもしれませんが」

エルナの言葉を遮るように発言したのは、賢人ドーア・ドーアだ。


 タケルがフラジになりすまし《ゲラン》の会議室に入る前、すでにドナリエルとデボルは《ゲラン》のシステム乗っ取りを完了していた。ドナリエルはその際、《ゲラン》に賢人ドーア・ドーアが同乗していることに気が付き、彼に会議室の様子が伝わるよう手配したのだった。

 グラジャ星系人は、半透明の円環を重ねた外見をしている。円環の数は年齢とともに増えるが、多くは6つの円環を重ねた“6段”に至る前に寿命を迎える。稀に6段以上の環を重ねる固体も現れ、それらは“賢人”として敬われる。ドーア・ドーアも賢人のひとり。すでに二百年以上生きているが、その知識翼は未だに衰えず活動的である。ただし、肉体的な衰えには抗すべきもなく、長距離の移動には専用の保護筒プロテクション・ボッドを使う。タケルの横にいる今も、保護筒プロテクション・ボッドの中にいた。

 人型種族ミバ・ターンの首謀者(?)であるベルナルは《ミーバ・ナゴス》に、グラジャ人側の首謀者ガーズは、権利を剥奪されたのち《ゲラン》でグラジャ星系へと送られている。グラジャ政府による取り調べと裁判を受けるためだ。ガーズをトワ帝国に引き渡さない代わりに、賢者ドーアが《ミーバ・ナゴス》に同乗し、トワ帝国での経緯説明(あるいは弁明)を行うことになっている。そこには人質という意味合いもあるのだが、タケルはそこまでの理解はない。銀河に関する様々な話を聞ける“新たな仲間”のひとりと認識していた。彼が協力してくれるのであれば、心強いとも思った。

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