15 仮想空間
緑の海が広がる草原のただなかに、白いテーブルと椅子が2脚。一方の椅子には、初老の男性が座り、優雅に茶を楽しんでいる。中肉中背、白髪交じりの髪は短く切り揃えられている。もう一方の椅子には若い男の子。おどおどとした態度で、目の前の男に対し萎縮している様子だ。
初老の男は、ドナリエルのセルフイメージ。ここはドナリエルが作り出した仮想の空間なのだ。そして、ドナリエルの前にいる男の子は、暗殺者のサポートAI、デボル(のセルフイメージ)だ。
「そんなに萎縮せんでもよい。お互い同じ機械知性なのだから。ま、落ち着いて茶でも飲みなさい」
デポルはおずおずとカップを手にすると、中を覗き込む。飲むことを躊躇しているようだ。
ドナリエルの言葉遣いは、タケルとのそれと違っている。相手がまだ若いAIであるため、年長者であり柔らかいイメージのある、より年齢を重ねたキャラクターの言葉遣いになっている。相手を安心させようとする意図があった。
「
コクリと頷き、
「今までどこにおった?」
「機関室」
下を向きながら小さく呟くデポル。
「なぜすぐに姿を見せんかったのじゃ?」
「敵か味方か分からないから、隠れていた」
「ほほぅ。隠れ方が上手いの。まぁ、わしもセキュリティばかりに目が行っておったからなぁ。どうもこうしたハッキング作業には、いつまで経っても慣れんもんじゃ。姫様を護るために必須、という訳でもないしの」
「ぼ、ぼくも!ぼくもフラジを護るの!そのために造られたの!」
さっきまで下を向いて小さくなっていたデボルは、“護る”という言葉に反応して大きく身を乗り出しながら叫んだ。
「そうか、そうか。まだ若そうな男だったが、お前さんが与えられるくらい優秀であったか」
「フラジのことを知っているの?」
「知っておるよ」
その言葉に、デボルはドナリエルに詰め寄る。
「知ってる?!今、どこにいるか、何をしているか、知っている?!」
「あぁ、知っているとも。お前のマスター、フラジと言ったか?その男なら」
手にしていたカップをテーブルに置き、ドナリエルは噛みしめるように言葉を続けた。
「その男なら、わしらの拠点におるよ」
「生きている?死んでる?」
「あぁ。死んどるよ。わしらで返り討ちにした。」
ドサリ、と椅子に腰を落とすデボルだったが、その表情は不思議と穏やかだった。
「……よかった。ボクは見捨てられたわけじゃないんだね」
ドナリエルは大きく頷く。彼らは“復讐”という概念を知っていても、それを実行するつもりはない。復讐の先には何もないことを理解しているのだ。
「フラジは任務を達成できなかったのかぁ。ボクのせいかな?」
「それは違うと思うぞ。お前のマスターのように優秀な暗殺者でも、失敗することはある。わしらは地の利に恵まれだのじゃよ」
「そっか。できれば、フラジの身体は返して欲しいけど……」
証拠を残さず任務を果たす。それが
「皇女暗殺計画の大切な証拠、ではあるが、お前の気持ちも理解できる。どうじゃ、ここはひとつわしらに協力せんか?さすればお前の主人はお前のところに戻そう」
「ほんとに?」
「無論。二言はない」
「わかった。ボクは何をすればいいの?」
「ふむ。その前に、とりあえずこの船のエンジンを止めてもらえんかの?原住民がシートで潰されそうになっておるでの」
――実存空間
前触れもなくエンジンが止まった時には、船はすでに宇宙空間にあった。
「ぶふぅぁぁぁぁ~~~っ!」
半ば埋もれていたシートから解放され、タケルは大きく息を吸い込んだ。
「死ぬかと、ハァハァ、思った、ハァハァ……」
『ひ弱な身体だな』
ドナリエルの言葉に一瞬、殺意が浮かぶ。殺せないが。
「こんなGを受けて生きている方が奇跡なんだよ、普通の地球人なら」
『ご無事ですかっ!』
事前に渡されていた
「大丈夫、たぶん。だよね?」
最後の言葉は、ドナリエルに対する質問だ。
『無論だ。強力な仲間もできたしな』
「仲間?」
「ボク、デボル!よろしくね、原住民のお兄さん」
スピーカーから子供の声が聞こえる。ちゃんと日本語だ。
「え?あ、あぁ、よろしくデボル。ぼくはタケルだ」
船内を見回しても誰もいない。どこに?と思った後、すぐにドナリエルと同じ存在であることに思い至る。確かに強力な仲間だ。
『では、作戦の詳細について詰めるとするか』
エルナ帰還の第一歩、対抗勢力の排除計画が開始された。
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