週末は魔竜と酒盛り!

星彼方

魔竜と酒盛り

 毎週土曜日の午前0時。

 俺の家の押入れは異世界のダンジョンに繋がる。


 最初にを見た時は酔い過ぎて幻覚を見ているのかと思って放置した。だって押入れを開けた瞬間、目の前にデッカい爬虫類(多分恐竜の類い)がいるんだぜ? 思わず飲みかけの焼酎瓶をに向かってぶん投げてふすまを閉めて寝た。飲み過ぎは身体にも頭にも悪いしな。朝になって昨日は変な夢見たなぁ、ってボーッとしていると、床に放置したお盆とグラスと溶けて水になった元氷と、ふたがあったわけよ。何の蓋かって? そりゃ、焼酎よ。でも肝心の本体がない。あと半分くらい入っていたはずの焼酎瓶がない。焼酎瓶をぶん投げたのは夢じゃなかったのかと思って押入れを開けたらさ、いたのよ。何がって、アレよアレ。昨日の恐竜。

 そりゃもう叫び声が裏返るほど驚いて恐怖した俺は玄関から飛び出した。着の身着のまま、よれたTシャツにボクサーパンツのスタイルで、裸足のまま。そんな格好で外に出るなんて、思いっきり不審者だよな。しかも「恐竜が、恐竜が」なんて叫んでるんだもん。でも、すっかりパニックになってた俺は何事かと顔をのぞかせたお隣さんを見て正気に戻った。お隣さん、グラマラスなOLさん風のお姉さんだったんだけどね。俺もう恥ずかしくてお隣さんの顔見れない。すみません、飲み過ぎたみたいですって謝って速攻部屋に戻ったよ。グッバイ、俺の淡い恋心。

 自慢じゃないけど俺、記憶があやふやになるほど酔ったことないくらいの蟒蛇うわばみだったりするわけよ。だから昨日の夢とか、今見た恐竜とか、幻覚だとは思えなかった。ギョロッとした黄色い目の、ガンメタリックな質感の恐竜が、押入れにいる。とりあえず何とかしないとの精神で、台所にあったフライパンを手に恐る恐る押入れに近づくと、

「すまん、驚かせるつもりはなかった。美味い酒の礼がしたかっただけで他意はない」

 ってさ、言うわけよ……恐竜が。ぶっとい前両脚で器用に焼酎瓶を持って、ジッと俺を見つめてるわけ。

「あ、そうですか……どうも」

 なんて返した俺も俺だけどさ。

 まぁ、そんな感じで俺と恐竜は仲良くなった。上京して初めて、俺愛飲の芋焼酎の味をわかる奴が恐竜だったってのは何の冗談なのか。ちなみに恐竜ではなくて魔竜まりゅうと呼ばれている種族らしく、酒類が大好物なんだとよ。突然開いた異世界への扉から大好物の酒が飛び込んできたものだから、思わず飲み干してしまったらしい。味見するつもりだったがあまりの美味さに飲み干してしまった、すまない、と謝られた。魔竜の誉まりゅうのほまれっていう銘柄だし、ほんと何の冗談かね。



 かくして、飲み友達になった俺と魔竜は度々酒盛りをするようになった。

 色々と試した結果、俺の部屋の押入れと魔竜が住処にしている洞窟は毎週土曜日の午前0時に繋がり日曜日の午前0時に閉じることも判明したし、酒好き同士の種族も世界をも越えた酒盛りは仕事で疲れた俺のリフレッシュの場になったってわけ。タイマーを土曜日の23時にセットすれば不測の事態でも帰ることができるし、日帰りで一日中のんびり飲めるしな。会社の飲み会はせわしなくてザワザワとして煩いし、ビールだのウーロンハイだのホッピーだのが主流で、ガチの芋焼酎は臭くて飲めないなんて言われていたからモヤモヤしてたんだよ。いいじゃないか、芋焼酎。俺の地元じゃ女の子だって芋焼酎のロックを飲むんだよ。ちなみに異世界の魔竜はそのまま飲むけどな。さらに言えば魔竜は俺以上の蟒蛇で、どんな種類の酒も美味い美味いと飲んだ。今の所、お気に入りは芋焼酎(しかも芋臭いやつ)と辛口の大吟醸、ウオツカだ。特にウオツカは火を吹きたくなるくらい熱い、らしい。危ないからやめてね。

 ところでこの洞窟、中々快適だ。俺の部屋は狭いが魔竜の住処の洞窟は結構広い。広さ的には駐車場30台分くらいの空間で天井も俺のアパートよりも遥かに高い。多分都庁くらいの高さがあると思う。魔竜曰く、洞窟の最奥地にある場所で蒼白く光る苔が気に入って住処すみかにしたそうだ。魔竜にとっては大した洞窟じゃないと言っているけど、俺は未だに洞窟の外に出たことはない。魔竜みたいに俺の世界に来るには物理的に無理(魔竜は乗用車くらいの大きさがあって単に部屋に入らない)ではなくて、最奥地から外へと繋がる横穴が無駄にグネグネ枝分かれしていて外界にたどり着けそうもないからだ。ちなみに魔竜は飛んで上の穴から出入りしているそうだ。外の世界を見てみたくて一度背中に乗せてもらったけど、魔竜の鱗はツルツルして掴む所がないしなんの装備もなしに乗るのは不可能だった。魔竜が俺の身体を掴んで飛ぶのも無理、爪が鋭いので危険過ぎる。いわゆるゲームで言うところの『ダンジョン』のような場所だと思うけど、冒険するには命が足りそうにない。魔竜のように硬い鱗も鋭い爪も、ついでに魔法も持たない俺では、酒盛りくらいが精々せいぜいなのだ。酒を飲みながらの冗談で、折角の異世界だから血湧き肉躍る冒険がしたい、と言ったことを真に受けた魔竜。この洞窟には獰猛な魔獣や危険な菌糸類なんかも住んでいるらしく、洞窟を探検したいならこれを付けろ、と魔竜の鱗を一枚貰った。これを持っていると魔竜の加護が得られるらしく魔獣は近付いて来ないようだ。いや、俺、丸腰だし普通の人間だからそんな危険な所は探検しないって。冗談だって、危ないと言われることはしないよ、だって大人だもん。でもなんでそんな危険なところに住んでるのか聞いたら、人族や獣人族にとっては魔竜の鱗一枚にすら物凄い価値があるから狩られないように、とのことであった。野心ある者が勝手に挑んでくるのがわずらわしい、とほろ酔い魔竜がグダを巻く。基本は穏やかな森の妖精や人嫌いの地底小鬼、魔竜と同じような立場にある海人族とは少しながら交流があるようだ。異世界事情、さもありなん。

 魔竜は俺が持参する酒の対価として様々なものを持ってきた。宝石の原石と思しきものや、岩がくっついたままの金塊らしきもの、魔竜的に美味いらしい何かの肉塊、巨大な卵、魔石、神剣……どれもこれも俺の世界では使えないものばかりなのが惜しい。確かに魔竜は一度の酒盛りで一升瓶一本を飲む(というか、舐める)ので結構な出費ではある。が、ひと月1万円ちょいで異世界の魔竜と酒盛りできるならそんなに高いもんじゃないと思うのだ。そんな経験、多分誰もできないと思うし、魔竜がくれたものは異世界で大いに役に立つに違いない。だって神剣だよ? 神様がお造りになられた凄い剣だよ? あとは宝石とか金塊とか、俺が外界に出た暁には大変に役に立つものじゃないか。異世界に行ってまで謙遜だとか遠慮だとか日本人らしいことはしなくてもいいじゃん、ってことで、全て遠慮なくいただいた俺は悪くない。だって酒の対価だもの。

 何かの肉塊と巨大な卵は俺の料理の腕では太刀打ちできなかったので魔竜の酒の肴となった。肉塊は異世界の人族や獣人族に人気のものらしいけど、そんな大量に、しかも皮付きのままとか無理だからね。

 でも、俺が一番嬉しいと思った対価は酒だった。酒といってもただの酒じゃない。異世界の酒だ。一番初めに飲んだ異世界の酒は森の妖精が造った薄紫色の果実酒だったんだけどさ、これがもう、美味いのなんのって! 果実酒と言えばワインって頭の俺、ブン殴ってやりたいわ。ワインどころの騒ぎじゃねぇ。最高級のシャンパン……は飲んだことないからわからないけど、とにかく細かい泡がシュワシュワしてて香りがすっげーの。語彙が足りなくてごめんなさいって謝りたくなるくらい美味かった。果実酒、侮れない。飲まず嫌いは本日を持って終了とさせていただきます。果実酒=女子の飲み物と思っていた俺は異世界にて酒の奥深さを知った。



 俺と魔竜はいつか世界中の酒を飲み歩きをしようと約束した。それくらいこの世界の酒は美味くて、飲んだこともないものばかりだった。魔竜も俺の世界の酒をたくさん飲みたいと言ってるし、交換すればお互いウィンウィンだしな。

 そうこうしているうちに4ヶ月くらい経った頃、大事件が勃発した。

 金曜日の23時55分、いつものように美味い酒と酒の肴を手に押入れの前でソワソワと待つ俺。今日は米どころの『冷やおろし』なわけよ。んで、酒の肴は旬の鰹のタタキっていう、ベストな組み合わせなのよ。熟成させた冷やおろしは美味い。魔竜も喜んでくれるに違いないってウキウキしてたのにさ。いざ午前0時になり、勢い良くスパーンッと襖を開けて、俺、絶句したよ。

 魔竜と誰かが、対峙してんの。

 初めてのお客さん? とかじゃなくて、もうなんかヤバい空気バリバリよ。一触即発の雰囲気の中、魔竜と対峙するの間に割って入った俺、今思えば無謀過ぎる。は全身甲冑で、自分の背丈ほどもある大きくてゴツゴツした剣を振りかぶって、今にも魔竜にとどめを刺さんとしてたわけ。魔竜はさ、ガンメタリックの鱗を所々傷付けられて、赤黒い血を流してて、ブレスでも吐くかの如く立派な牙が生えた大きな口をぱっかり開けてんの。黄色い目が赤く光っててさ、もう何してんの! ってなって、とにかく助けなきゃ! って思った。魔竜を。

「お前、何してんだよ、やめろよっ! 」

 そりゃあもう、びっくりだよね。

 Tシャツにハーフパンツスタイルの俺がいきなり現れたらさ。しかも片手に一升瓶、もう片方に鰹のタタキが盛り付けられた皿を持ってんだよ? でもそれで全身甲冑は俺を見て完全に動きを止めたから良しとして。問題は魔竜。何でそんなに傷だらけなんだよ!

「大丈夫かよ、大丈夫じゃねぇよな……お前、回復魔法とか便利なもん使えないのか? 」

 オロオロして魔竜の傷だらけの身体に手を伸ばし、血を止めようと取り敢えずTシャツを脱いで細く割く……ことはできなかった。無念。でもまぁ、汚れた所をぬぐってあげてると全身甲冑が声をかけてきた。

「お前、人か? 離れろ、そいつは危険だっ! 」

「うるせーっ! お前誰だよ、何人の家ひとんちに勝手に入ってきてんだよっ!! 」

 全身甲冑がまたフリーズした。

 多分、こいつは冒険者だ。前に魔竜が言っていた『野心ある者が勝手に挑んで』きた状況なのだろう。人を避けて秘境の洞窟なんかに身を潜めている魔竜の、絶大な力を求めて。魔竜はただ、楽しく美味しく酒盛りがしたいだけなのに。俺の呼びかけに開いていた口を閉じ、弱々しく身体を横たえてしまった魔竜の姿に涙が溢れそうになる。

「あんた、何しに来たんだ」

 俺は魔竜から離れ、一見いっけん、ガラクタが積み上がった様な対価置き場に向かう。俺の世界ではなんら使い道のないものも、この世界では違う。高校の授業でしか習ったことがない剣道だけど、構え方なら死ぬ程やったから脅しくらいにはなるだろう。相手は俺が剣道一級なんてことは知らないんだし。

「今すぐ立ち去れ」

 魔竜が言うには、その昔、神々が創世の争いをしていた頃に使われた一振りなんだとか。鉛色の艶のない刀身は、酒好きな神様の愛剣でなんちゃらっていう銘が付いている。長い銘だったしあんまり興味がなかったから覚えてないけど、これの能力を発現させる方法がギャグみたいで思わずツッコんだ覚えはある。

「何しに来たんだ! 」

「なんだ、お前……そこの魔竜の仲間か? それとも、そんななりでしに来たのか? 」

 鉛色のいかにも使えなさそうな剣を手にした俺を全身甲冑が馬鹿にした様な声で揶揄する。やはり全身甲冑は魔竜を狩りに来た野蛮人だった。うむ、やってよし。

「はい、あんたダウト! 俺たちの酒盛りの邪魔をするやつは許さん! 」

 俺は持ってきた『冷やおろし』の蓋を開けて、口いっぱいに酒を含む。くそっ、惜しい、美味しいが、惜しいっ! 熟成されたまろやかさと、キレのある辛味が絶妙で美味い、けど、

 ブシーーーーーッ!!

「くぅっ、美味い、勿体無い、でも美味ぇ!! 」

 俺が口に含んだ酒を重たい剣に吹きかけると、鉛色の刀身が酒気を帯びて妖しいくらいに赤く輝き始めた。ほんと、酒の神様ってとことん酒好きなのな。無機物のはずの剣が酒に酔うと力を解放するとか、なんなのこれ。勿体無いけど、と呟きながら駄目押しにもう一発吹きかけると、ギャンギャンビカビカに光り輝いて目が痛いくらいになった。魔法すげぇ、神剣万歳!

「もう一度言う、今すぐ立ち去れ! 」

「な、なんだ、その剣は……まさか、し、神剣? 」

 全身甲冑が多少怯んだ、けど、俺はこれで精一杯なのよ。威嚇しかできないんだから、さっさと撤収してくれ。

「だったらなんだ。俺はこの魔竜といつか世界中の美味い酒を飲み歩くと約束した。その約束は必ず守る。邪魔をするというのなら……」

『ようやく、この時が来たか』

 もう少し光らせようかと一升瓶を傾けた俺の耳に、すっごい重低音な声が聞こえた。洞窟を震わせるような声とか、誰だ?

『我らが名は神剣コンフェッシオ・アウテム・エーブリウス・エスト……やはり、そなたが使い手か』

 俺や全身甲冑とは次元の違う朗々たる声。酒を飲んでる時とは全く異なる、力を帯びた声が、赤く輝く神剣の名前を告げる。そう言えばそんな銘だったかな……って魔竜じゃん。なんだよその声、超偉そう! 想像力レベルが低い俺でも思いつくような『神様』って感じの声、初めて聞いたわー。っつかさ、魔竜元気じゃね? なんか傷だらけだったけど、回復してね?

「おま、お前、心配させんなよ! 大丈夫なんだな? な? 」

『美味い酒が飲めるからな。やる気が出た』

「酒かよっ?! 」

 魔竜が無事でホッとしたついでに神剣を取り落としそうになった俺は慌ててつかの部分を握り締める。危ない危ない、情けなくも落っことしたら神剣としての威厳が台無しだ。魔竜が復活したことで自分の不利を悟ったらしい全身甲冑は、俺たちから一歩、また一歩と後退る。よーしよしよし、そのまま帰って頂戴ね。最期の握りっ屁とか無しだからね。

『愚かな人族よ、心して聞くが良い。永き睡りながきねむりより我は目醒めた。我は主人あるじを再び得たり。我が聖域を侵す者は何人たりともゆるすまじ』

「ひっ、ひいぃぃぃっ!! わ、わかりました、おい、起きろっ、撤収、撤収するぞっ!! 」

 全身甲冑が可哀想なくらいガタガタと震えだし、ガチャガチャと耳触りな金属音が洞窟に響く。あ、仲間がいたんだ。そりゃそうだよね。一人で来るなんて無謀過ぎるし。それにしても魔竜って何者? いや、竜なんだろうけどさ、お前、さっきまでやられてたじゃんよ。あまりの迫力にビビったのか中々撤収しない全身甲冑と仲間に痺れを切らしたのか、魔竜の尻尾がビッタンビッタンと地面を打つ。ちょ、それやめ、揺れる、洞窟崩れる、俺にも被害が。

『グルワァァァァァァァァァァァッ!! 』

「も、申し訳ございませんーっ!! 」

 魔竜の本気マジ(でイライラした)咆哮により硬直が解けた全身甲冑たちは、全員脱兎のごとく逃げ出した。気絶していた風な奴らも目を覚ましてって行った。凄いな魔竜の咆哮。俺もちょっとちびったわ。

「魔竜、無事だったんだ……よかった」

「なに、これくらい大事ない」

「の割にはやられてたじゃんよ」

 今は綺麗さっぱり傷も癒えてるし、おまけにガンメタリックの鱗が微妙に赤いけど、決して血糊ではない。

「して我が主人、その本体を地面をに刺して結界を張ってはくれまいか」

「結界? 何それ、この剣ってそんな凄いことができるんだ」

 まだ持ったままの神剣は刀身が綺麗な赤色に染まり、いかにも神剣というような神々しさである。

「まあの。我は主人によってようやく目醒めることができたのだ。本来の力を取り戻せた故に、この聖域に結界を張るくらい簡単なことよ」

「ふーん、魔法って便利だなぁ」

「主人よ、そなた、鈍いと言われたことはないか? 」

「ん? いいや。それより酒、半分に減っちまったけど、酒盛りするか? 」

「もちろんだ、我が主人。さっきの味見程度の酒くらいでは満足できんからな」

「ん? 味見って、そんなことする暇あったか? 」

 あんな修羅場によくそんな余裕が。あれ、でも冷やおろしの一升瓶、手放してないよ、俺。まさか飛沫が飛んだとか? 俺の肺活量すげぇ。

「主人よ……我らは神剣コンフェッシオ・アウテム・エーブリウス・エスト。本体は酔う刀ようとうコンフェッシオ、そして我は魔竜エーブリウスというのだが」

 竜の癖に半眼ジト目で俺を見るなよ。わかった、認めよう。俺は鈍い。でもさ、俺、この世界の住人じゃないのよ?異世界人なのよ? そんな事情知ってるわけないじゃん。神剣って剣だけじゃないの? 魔竜と合わせてお得なバリューサービスみたいじゃん、ってツッコミ、どうしてくれんのよ。

「えーっと、魔竜えーぶりうす」

「いかにも」

「こっちが、こん、こん」

「コンフェッシオだ。主人よ、そなたの名を教えて欲しい。もういい加減に名を交わそうではないか」

「主人じゃないし。お前とは、酒の飲み友達だとは思ってるけどさ」

「そのようなところ、我らが初代の主人に似ておるな」

「いやいやいやいや、俺って主人って器じゃないよ」

「だが、主人はその資格を手にしておる。初代、いやそれ以上に酒を愛し、美味い酒を得る為ならどんな無謀なことでもなりふり構わぬその心意気、酔う刀を振るうに相応しいではないか」

 いや、別になりふり構わないわけじゃないのよ? そこらへん誤解して欲しくないんだけど。あんなに傷だらけの姿を見せられたら、助けたくなるのが人情ってもんでしょ。しかもさり気なく人を呑んだくれみたいに言わないでくれるかなぁ……ちゃんと勤労の義務を果たしてるんだしさ。ま、振り撒かれた冷やおろしは本当に勿体無かったから否定はしないよ、どうせなら美味しく飲みたいじゃん。神剣の主人とか重たそうなもんは御免被りたいわけ。

「俺はただ、美味い酒を最高の友達と飲みたいだけなの! 」

「うむ、我らも同じだ。それに主人よ、世界中の酒を飲み歩くには、我らの主人になる他ないぞ。外の世界に出るには我らの加護が必要になるのでな」

「……何それ、すげぇ後出し」

「なぁに、二千年待ったのだ。もう少し待つくらい構わんが……主人、てぃーしゃつとやらを我が血で汚してしまった詫びだ。今日は我の秘蔵の神々の酒を振る舞おう」

「マジで?! そんなんあるの? 異世界すげぇ、神様かよ! 」

 神々の酒ってアムリタとかソーマとかネクタルって言われる奴かな。ヤバい、涎が出てきた。魔竜には悪いけど、神剣の主人とか面倒臭そうなのパスしたいんだけどなぁ。このまま忘れてしまいたい。


 魔竜秘蔵の神々の酒はこの世のものとは思えないくらい芳醇ほうじゅんで、口に含んでから喉を滑り落ちるまでに七回も味が変わるとんでもない代物だった。流石は神様が酔っ払う酒。俺も御多分に洩れず、しっかりばっちり酔い潰れましたよ。で、その間に魔竜の奴が勝手に名を交わす儀式を完了させ、まんまと神剣コンフェッシオ・アウテム・エーブリウス・エストの主人にされてしまいましたが、何か? ちくしょう、神剣の癖に策士だな、おいぃ!!



「おお、我が主人。待ち兼ねたぞ」

「よお、エーブリウス。今日は遠出するぞ……ただし、日帰りで」

 土曜日の午前0時、いつものように俺はこっちの美味い酒を手土産にあっちの未知なる酒を求めて異世界の扉をくぐる。

 ちなみに、神剣の名前には意味があって、コンフェッシオ・アウテム・エーブリウス・エストってのは『酔っ払いの懺悔』ってんだってよ!



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