20

「……えっと、梓、嫌、だったかな?」

「嫌じゃない!! 絶対嫌じゃないから!! いや、でもその、どうして、急に楓から?」

 どうして、と言われると困ってしまう。あえて言葉にするとしたら梓を抱き締めなければ耐えられそうになかったから、という風になるのだろうけど、流石にそれを梓本人に伝えるのは厳しいものがある。

 そこでふと、僕は以前梓が言ったことを思い出した。

「僕も、梓のことを抱き締めたくなったんだ」

「……ふえっ!?」

(……ふえ?)

 またも梓はよくわからないリアクションをした。梓から抱き締めるのはよくて、僕から抱きしめるのは駄目なのだろうか。

「少し、このままでいてもいいかな」

「は、はいっ!!」

(……はい?)

 梓のリアクションに疑問を抱きつつ、梓が支えられるだろう、という程度に体重を預け、梓の肉体の温かさと軟らかさを感じる。たったそれだけのことで、沈み切っていた気持ちが確かに楽になった。

 ――頭を撫でられる感触。

「……梓?」

「あっ! 嫌だった!? ごめんなさい!!」

 答える瞬間、まるで心だけが、子供の頃に戻ってしまったかのようだった。

「――ううん。もっと」

 返事の代わりに、頭を撫でる動きが再開される。僕は梓の腕の中で目を閉じ、これから臨むことになる、無謀とすらいえない戦いへの決意を固めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る