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「……真奈さんにずっとつきまとってるっていう、トカゲに?」

「うん。だから恋愛なんて夢のまた夢だった。告白は何回かされたことがあるけど、全部断るしかなかった」

 真奈さんの顔が離れていく。

「私ね、ハッピーエンドの恋愛漫画が一番好きなの。もうベッタベタなやつ」

「そう、なんだ」

「バッドエンドの漫画なんて読む意味がわからない。だって、現実がもうバッドエンドになるって決まってるんだもん。だったらせめて漫画の中でくらい救われないとさ」

 言葉に詰まる。僕がこの子に、一体どんな言葉をかけられるというのだろう。

「あのさ、せんせーが言ってた、せんせーのこと助けてくれた人、どうだったの?」

 まるで口と舌が石膏で固められたかのようだった。それでも、どうにか言葉を発する。

「……力には、なれない、って」

「あー、まぁ、だよね。わかってた。あんなの、人間がどうこうするもんじゃないよ。うん、大丈夫」

 強がらなくていいんだよ、と言いたかったが、必死にそれをこらえる。言ったところで楽になるのは僕で、真奈さんではない。

「ねぇ、せんせー、聞いてもいい?」

「……何かな」

「どうして、私のこと嫌いにならなかったの?」

「――え?」

 予想していなかった質問に混乱する。

「だってこの前私、わざとせんせーのこと怒らせるようなこと言ったんだよ? それなのに、ちゃんと話聞いてくれて、今日もこうして来てくれたし……どうしてかなって」

「え、あぁ、だってあのくらいなら前にも言われたことが――」

 しまった、と思う。なんとか誤魔化そうと思ったものの、既に暗く沈み切った真奈さんの表情を見て、無駄だと悟った。

「……ごめんなさい」

「えっと、その、すごく辛かったとは思うけど、それでも人にひどいことを言うのは、よくない、かな」

 とにかく何か言わなくては、という焦りからしょうもない一般論を口にしてしまう。だが、真奈さんは特に不快には思わなかったのか、沈痛な面持ちのままだった。

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