「家庭教師、ですか?」

 ビべリダエで働いていると、お客が完全に途切れてしまい、ほぼ雪子さんと話しているだけ、という時間は割と頻繁にあるが、雪子さんの口からそんな単語が出てきたことはなかったので、僕は驚いてしまった。

「そう、家庭教師。楓ちゃん、興味ない?」

「……興味、ですか」

 はっきり言ってしまえば、ない。そもそも僕は対人能力が極めて低いし、勉強だって特別できるというわけでもない。そんな僕に家庭教師が務まるとはとても思えなかった。

「その……実はね、家庭教師を探してるのは、ここのお客さんなのよ。大体二、三ヶ月に一回くらい来てくれる人で、まだ楓ちゃんは会ったことがないと思うんだけど」

「……なるほど」

 雪子さんの発言の意味については理解できたが、何故雪子さんはわざわざ僕に声をかけたのだろうか。

「僕よりもいい家庭教師は、きっと山ほどいると思いますが」

 思ったことを正直に口にする。雪子さんは困ってしまったという顔で、

「……それがね、話を聞くと、結構難しい状況みたいなのよ」

 雪子さんの話によると、そのお客さんの娘さんは小さい頃から気難しいところがあったそうなのだが、成長するに従いそれはどんどんひどくなっていったという。そのせいで、どんな家庭教師をつけても皆すぐに辞めてしまうとのことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る