19

 意識を取り戻す。寒くもないのに、全身が吹雪の中にいるように震えている。

(――僕は、死んだのか)

 理性が理解するより先に、体が理解していた。僕はさっき、確かに死んだ。黒い影のトカゲに殺された。ふと、辺りを見回す。

(ここは――梓が黒い影のトカゲを見てしまった喫茶店)

 何故。

 一体どうして。

 向かい側の席に梓が座っている。

 顔は青ざめ、僕よりもずっと激しく震えている。

「――あ」

 梓、と声をかけようとして、

 気づいた。

 気づいてしまった。

 交差点で、あの黒い影が、

 ――僕達に向かって大きく手を振っている――

「――――――――――――――――ッッッッッッッ!!」

 僕は人生で初めて、声にならない声を上げた。

(ふざけるな――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!)

 あのトカゲは、僕達の心がいつ壊れるのかを確かめるつもりなのだ。

 殺して、元に戻す。

 何度殺しても、元に戻す。

 それをひたすらに繰り返して、動かなくなったら、終わりだ。

 お気に入りの玩具でいつまでも遊んで壊してしまう子供と同じだ。

 僕と梓は、あいつにとってのお気に入りの玩具になってしまった。

 僕は梓を連れて逃げようと手を伸ばし――その手は、見えない壁にぶつかったように止まった。

(――無駄だ)

 何をしても、無駄。

 あのトカゲは僕達にいつでも追いつける。

 僕達にはあのトカゲをどうにかする手段はない。

 助けを呼ぶことはできない。

 僕達の他に動くものはない。

 生きていても助からない。

 死んでも助からない。

(それじゃあ――ここでじっとしているしかないじゃないか)

 頭は冷静に、自分がどうしようもないということを理解する。けれど体はそうではない。

死の恐怖に怯え、震える。目から涙が伝って、服に染みを作る。黒い影が、死が迫ってくる。

 ――だが、僕達に迫る死の前に、

『いや~、思ったより面倒だったにゃ。おぉ、よかったよかった、二人とも生きてるにゃ』

 ニャン太が、どこからともなく立ち塞がった。

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