6
自分のアパートに入り、電気を点けると、僕はフラフラとベッドに倒れ込んだ。肉体的な疲れ、というより精神的な疲れから体を支えていられなくなったのだ。
(……梓には悪いことしたな)
もしよかったら家でお茶でも飲んでいかないか――梓からの申し出を、僕は断った。なんでも今日は梓のご両親は不在とのことだった。今思えば、あれは不安だから一人で家にいたくないという梓からのメッセージだったのだろう。しかし情けないことに、僕は僕で限界だったのだ。梓共々絶体絶命の窮地に陥ったこともさることながら、最も衝撃的だったのは、
(――僕以外にも、あの喪服の女を見ることができる人がいた)
実際のところ、僕は喪服の女を幻覚の一種だろうと考えていた。幻覚にしても奇妙ではあるが、それが一番納得しやすいように思えたからだ。だが、ここに来てその考えは覆った。僕以外に見ることができる人間が存在している以上、喪服の女は知覚可能な存在だということになる。ならば、あの女は何故、
(……何故、十年以上も僕につきまとっているのか。そして、何故急に、近づいてきたのか)
寝返りを打って仰向けになると、僕は上着のポケットから佐治さんに渡されたメモを取り出した。渡された時は特に意識していなかったが、そのメモはデフォルメされたペンギンの親子のイラストが描かれた、やたらと可愛らしいものだった。
(……趣味、なのかな)
携帯を取り出し、とりあえず佐治さんの電話番号を登録しておく。佐治さんは、何かあったら必ず自分に電話しろ、と言った。
(つまり、喪服の女が近づいてきてるのは、悪いことなのか?)
本当にそうなのだろうか。僕が今まで様々な不幸を避けてこれたのは、あの女のおかげだ。不気味ではあったが、害があったわけではない。
寝返りを打ってうつぶせになる。
(……佐治さんが、嘘をついている?)
だが佐治さんは僕と梓を助けてくれた。それに嘘をつく理由がわからない。もし僕を騙したいのであれば、もっとそれらしい行動を取るはずだ。
ベッドの上をゴロゴロ、ゴロゴロと転がる。思考はひたすらに空転し、どこにも行き着くことはない。
――眠りに落ちる寸前、水底から上る泡のように、その疑問は浮かんできた。
(僕が不幸を回避することは、あの女にとって一体何の得になる?)
疑問の答えを考えることすらできないほどの力で、僕は眠りに引きずり込まれた。
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