新しい朝が来た、希望の朝……じゃないッ!②


 二回目は思いのほか力強い!


 というか人間のことをそんなポンポン気軽に投げていいと思ってるんですか?


 しかもこちとら天然記念物級の幼女ですよ。幼女の不法投棄とか地球規模の犯罪なんだからッ!


 自称環境団体のロリコン共が、我を忘れて怒り狂った果てにワタシのために奔走するようなことになってもいいんですか?


 ロリコンどもが大挙して押し寄せたら、この街もリィルも無事では済みませんよ。……一番無事じゃ済まないのはどう考えてもワタシなんだけどね。


 どっちしても絶体絶命!


「ワタシは樹からも雌にも落ちたくないんだよぉおおお!」


「目をつぶっちゃ駄目だよイディちゃん!」


(無茶言わないでもらえますぅ!?)


 紐も覚悟もなしにフリーフォールさせられるような現実を直視できる訳がないでしょ。投げられた瞬間に目もリィルへの心もバッチリ閉ざしてますよ。


 ……閉じたら閉じたで怖いんだけどねッ!


 体が重力に従って加速していくのだけが感じられる。自分の立ち位置も現状も見えなくなっちまったよ……これからどうなるかだけは知ってるんだけどね。


「うぅうう……を゛ぅッ!」


 柔らかいトランポリンの上に落ちたような感触がして、ワタシの自由落下は終了した。


「も~、駄目だよイディちゃん。目をつぶっちゃったら滑落した時の訓練にならないよ。アーセムに登っている時はどんな時でも目を開けて、その場その場で必要なことを見極める必要があるんだから」


「今のワタシに必要なのは落差のない人生だと思いますッ!」


 ネットのように編み張り巡らされた糸の上で繰り返しバウンドしているワタシを、それぞれ糸とロープを使って軽やかに降下してきたリィルとゼタさんが見下ろしてくる。


「んふー。しょうがないなぁ、イディちゃんは。もう一回説明するけど、これは空師の訓練で最初に習う基本中の基本で、かつ最も重要な技術なんだよ。

 滑落しないようにするのは当たり前だけど、落ちたときにどうすればいいか。何を準備して、どういう行動をとるのか、それを体に叩きこむの。

 そうすれば万が一落ちても体が勝手に対処してくれるようになるんだよ」


「逆を言えば、落ちたときにどうすればいいか分かっていて、なおかつ対処法を考えるまでもなく体が反射で動くからこそ、アーセムといういつ落ちるとも分からない不安定な足場で自由に動ける自信に繋がるんです」


「理屈は分かりますよ!? でもワタシは紐ありのバンジーすら経験がないんです!

 そんなワタシが急に紐なしで自由落下している最中に、周りを観察して対処しろなんて言われてもできるはずないじゃあないですかぁ!」


 ホントに人をなんだと思ってるんですかね、この人たちは。


 百歩譲ってバンジーさせるまでは許しますよ。人間ってのは慣れれば結構いろんなことができるもんですから、落下の回数を重ねれば余裕もできるでしょうよ。


 でも急に落下しながら幹に書かれている数字を読み取れとか……馬鹿なんですか?


 物事には段階ってものがあるんですよ、わきまえてッ!


「姉さん。やっぱりイディちゃんにはまだ早いのでは? 普通の子供たちと同じようにまずは遊具の方から慣れてもらった方が結果的に効率的だと思うのですが……」


「んん~。イディちゃんにできないはずないんだけどなぁ。

 ゼタも知ってるでしょ? イディちゃんは私と路地裏で追い駆けっこして、私が罠張らなきゃいけないくらいだったんだよ? しかも、その時になんの補助もなしに垂直の石の壁を足場にしてたんだから」


「私は直接見た訳じゃないので、なんとも……。でも姉さんが言っていることが本当なら、確かに身体能力的にはなんら難しいことではなさそうですね」


「でしょ~。だからきっと精神的な部分が問題なんだと思うんだよね。

 んふ~……やっぱり追い込み方が足らないのかなぁ」


「殺害計画は本人のいないところで立ててください!」


 恐ろしい。何が恐ろしいって、いつもはブレーキ役になってくれるゼタさんまでノリノリでワタシを追い詰めるのに加担しているってことだ。


 やっぱり貴女も一般人の心情なんて分からない逸般人なんですね。


 くそッ、こんなこと繰り返してたら肉体的にはともかく精神的に死んでしまう!


 どうにかして二人の意識を訓練から逸らさないと。


「そ、そもそも! ワタシがこんな訓練する必要って本当にあるんですか!?

 ワタシに空師としての職業技能が必要なのは分かってますけど、それって別に新領域の開拓に限ったものって決まってないですよね?

 ワタシ知ってるんですからね! 昇降機で上がって行けて、安全柵まで完備されたクッソ低いとこに観光客を案内するガイド職があるって!」


 そうだ、安全圏だけをぐるぐる回ってるあの仕事なら、こんなことする必要ないはずだ。


 きっとリィルもゼタさんも特級空師なんていう称号にばっかり目がいって、ワタシが幼女だってことを忘れてしまってるんだ。


 ……いや、年齢バレしてたな、そういや。


 だ、だからって、危険を伴う仕事ばっかり勧めてこなくても良くないですか?


 ワタシ幼女だけど、ただの幼女じゃありませんよ? とんでもねぇ美幼女ですよ?


 似合うと思うなぁ~、ガイド役。


 こんな可愛い幼女がガイドやってたら、それだけ世界遺産に選ばれるよね。そうしたら観光客がわんさか来て、お金もガッポガッポで、みんな幸せ。


 ハッピーエンドって、実は結構近場で売ってるって知ってました?


 しかし、期待に鼻息を荒くしながら目を輝かせるワタシを前に、リィルもゼタさんも苦笑を深くしただけだった。


「あ~、あれねぇ。イディちゃんには無理じゃあないかなぁ、ガイドは」


「な、なんでですか! やってみなくちゃ分からな」


「あのですね、イディちゃん。あのガイドに就いている人たちは、みんな救命救急と災害救助のプロフェッショナルなんですよ」


「……へ?」


 そ、そんな! 旗振って後ろからついてくる人たちに笑顔で振り返りながら「今日は天気も良くて観光日和ですね~」っていうだけの仕事じゃなかったのかッ!?


 驚愕に言葉をなくしたワタシに、ゼタさんはお馴染みの人差し指をピンッと立てる仕草をすると、馬鹿ワタシには見えない指揮棒を振りながら解説を垂れ流しだした。


「いいですか? あの人たちは特別な免許を持っていて、空師の中で唯一、一般人の同伴が許されている人たちなんです。

 ごく浅い階層とはいっても、アーセム登攀に全くの素人を連れてく訳ですから。

 すべての技術が高水準ですし、万が一に備えて一般的な空師よりもずっと腕は立ちますし、滑落などの事故対応では、それこそ私などよりもずっと凄腕の人たちなんですよ」


「んふふ、そういうこと。それに加えて、観光ガイドっていっても見晴らしのいいところを案内しているだけじゃないからね。

 アーセムの歴史から植生、オールグの街との関係性、他にも色々。

 聞かれたらなんでも答えられるように、勉強しなくちゃいけないことが山のようにある職業なんだから。そ・れ・にぃ、もちろんガイドだってこの訓練は受けてるよ」


 な、なんてこった。ごめんなさい、ガイドさん。正直見くびってました。


 そんな難しい職業だったなんて、これっぽっちも思ってませんでした。


 まぁ、それはそれとして。ワタシは諦めないんだけどなッ!


「で、でも他にも、空師の中にだって色々ありますよねッ!? 中にはこんな魂を削るようなことをしないでいい役割だってありますよねッ! ねッ!?」


「ないかなぁ」


「ないですね」


「ないのッ!?」


 マジかよ……オールグの空師はキチガイか!


 ……まぁキチガイじゃあなかったら、こんなところ登ろうなんて考えないよな。


 気づくべきだったは、明らかに住むのに適してないこの地に、無駄に高い技術使いまくって街を築いた奴らの末裔がまともなはずないって。


 これは未来さきが見えましたね。


「確かに、空師の中にもいろんな担当というか、役職があるはそうなんだけど。たとえば樹木医の医師せんせいとか、アーセムに住居とか足場を建築する大工さんとか。

 でも、どれもこれも空師としての最低限、安全にアーセムに登れるのが大前提だよ。まぁ当たり前だけどね」


 その当たり前って、出前とかってやってませんかね?


 できればワタシの元まで届けてほしいんですけど……あっ、やってない? ですよねぇ~。


 ちくしょうッ!

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