全部水に流せたらいいね②


 ぐぬぬだよ、ぐぬぬ! どうしろってんだ。


「お願いしますイディちゃん!」


「で、でも」


 ……いやね、確かにここまで頑なになる理由はないのかもしれないよ? たかがワタシの新しい扉が開きかけたってだけだから。全然たかが済ませられることじゃないんだけどさ。


 まぁ、それは置いておこう。戻って来れなくなりそうだったけど、結果的にカギはしっかり手にしてしまっただけで、戻っては来られた訳だしね。


 でもさ、あるじゃん……流れって。


 正直ワタシも、ここまでノリノリに悪乗りしてリィルを対して正当とはいえ当たり散らかした以上、ここに至ってやっぱりいいよとは言いにくい訳よ。


 そりゃあ、このままリィルが出ていっちゃったとしたら、ワタシたち二人で風呂を満喫しましょうなんて空気にはなりようがないんだけど。だからと言ってこの流れでリィルを許しちゃったら、全部リィルの思い通りに進んでしまう訳で、それはなんだか……悔しいじゃん?


 でもなぁ、最悪なのは気まずい雰囲気でゼタさんと取り残されることなんだよなぁ。


 さて、どうしたもんか……っていうか、リィルは何をして、


「チラッチラッ」


 …………くっそむかつくぅ!


「見ましたかゼタさん!? 擬音をわざと口にしながらワタシたちの様子を伺うあの態度! 完全にこっちを舐め腐ってますよ。

 どうせ許してくれるんでしょ? おっけおっけ、こっちはいつでもいけますよ~、って言ってるようなもんですよ。脳内リハを完璧に熟して、じゃ今から本番入りま~す、って顔でした!」


「うぐぐ。確かにそうなんだけど」


「いいんですか。あんな横暴を許して、屈してしまっても!? 絶対に調子に乗りますよ?」


 ほら、ワタシたちがぎゃいぎゃい言い合っていてもリィルは出ていこうとしないじゃないか。背を向けて浴槽の縁に手を着いた状態で固まっているなんて、耳をそばだててワタシたちの出方を伺ってるのが丸分かりでしょう!


(ワタシよりあの女を選ぶって言うんですか!?)


「それでも、私は最後にみんなで笑って終わりたいよ!

 大丈夫、姉さんがまた何かしてこようとしたらイディちゃんのことは私がどんなことをしてでも身を挺して守ります!」


「ん? 今なんでもするって言ったよね?」


「はい! ……へ?」


 おっし、言質は取りましたよ。


「リィル! ゼタさんが許してくれるうえに何をしてもいいって言ってました!」


「そんなイディちゃん!?」


 馬鹿め、山羊だけど馬鹿め! 隙を晒している方が悪いのさッ!


 これでワタシはゼタさんを生贄にワタシは安全な場所に避難を……、


「……あ、あの。ゼタさん、放してもらってもいいですか?」


「……ふふっ」


 あ、すっごい優しそうな笑顔。やっぱりゼタさんはみんなの憧れ空帝騎士団ルグ・アーセムリエの一員だからな、どんな時とでも騎士として真摯な姿勢を忘れないんだな。


 ひゅ~、格好いい!


「ダ・メ、です」


 ですよね~、ちくしょう!


 だが、こうなったらワタシに逃げる術はない。


 片や巨樹の幹に張りついて日夜、獣やら蟲やらとバチバチにやり合ってる戦闘職、片や常日頃から着せ替え人形になってリィルにテンションを無駄に上げてる支援職。


 彼我の戦力差は歴然だ。


 もう諦めるしかないのか……くそッ!


「そもそも、私はイディちゃんのこと支えてはいますけど、身動きが取れないような強い拘束はしてませんよ?」


「またまたぁ、そんなことを言って。そんな誤魔化しが効くとお思いですか? 実際にワタシは指先一つ動かすことが……」


 んん? これは……ワタシがゼタさんにしがみついてますね!


 なるほどね。もう大丈夫なもんだと思っていたけど、ワタシの体はさっきの溺れかけを未だに引きずっていると、そういうことですね。


 ゼタさんの首に手まで回しちゃって、まぁ。これが俗に言う大しゅきホールドってヤツか。


 ハッハッハッ……笑えねぇ!


「そうだ! ゼタさん、ここは一つ共同戦線を張りましょう! 一緒にリィルに対抗するんです。一人ではダメでも、二人で力を合わせれば、きっと!」


「ふふっ。大丈夫ですよ、イディちゃん。空師は決して仲間を見捨てたりしません」


「ゼタさぁん……」


「死なば諸共です」


「ゼタさん!?」


 ダメだ、諦めきってる。惑星の寿命告げられたら、実は今から十分後でしたってくらい、未来に希望を抱いていない瞳をしている!


 この逃げ場のない状況、彼女だけが頼みの綱だっていうのに。これじゃあ……!


「ふふふ。そっかぁ、二人共、何をしてもいいんだぁ」


「ひぃいい!?」


 い、いつの間にこんな近くまで!? 水面に揺れは感じられなかったのに!


 しかもワタシまで何をしてもいい対象に含まれてる! 誰の許しを得てそんなことをッ!?


(何をしてもいいのはゼタさんだけですから、そこんとこ勘違いしないでください!)


 少しでもゼタさんを前に押しだしたいんだけど、目を爛々と輝かせて見下ろしてくるリィルを前にしては、涙目で見上げながら一層強くゼタさんにすがりつくしかないから、どうあっても二人に挟まれる形にしかならない。


「ゼタさぁん!」


 ワタシにはもう貴女しかいません! どうにかこの状況を打破してください!


「―――」


「ゼ、ゼタさん? ……!」


 ――し、死んでる!?


 いや、実際には死んじゃいねぇけどさッ! でも確実に魂的なものがここにいない。いや、どっちかっていうと悟りと一緒に瞳孔まで開いちゃいましたって感じだな。


 なんか、すべてを受け入れる準備を済ませましたとでも言いたげに、ただただ優しげな微笑みを湛えて、静かにその時を待っている人の顔をしてる。


「ダ、ダメだよ、ゼタさん。諦めちゃあ!」


「いいえ、イディちゃん。私は諦めたのではありません。ただ、あるがままを感じようとしているだけなのです」


「そんな……そんなぁ!」


 さっき感じすぎなくらい感じたばっかじゃあないですかッ!


 あれで足りないとするなら、いったいどれだけのエクスタシーが必要だっていうんですか。ワタシの小さい体じゃあ、とてもじゃないが受け入れきれませんよ!


「ふふふ。大丈夫だよ、二人共。ナニもしないからさぁ。さて、失礼しま~す」


 ――もうダメだ……お終いだぁ……!!


 ワタシたちはリィルに美味しくいただかれるしかないんだ。


 ただ、ここが浴槽の中ということだけは救いだ。これなら粗相をしても気づかれないだろう。……いや、別にさっき失敗したとかそういうことじゃないから!


 そう、これはあくまでも万が一のことを考えての話。備えあれば患いなしってヤツだから。


 そうとも、備えは十分だ。後はワタシが意識を保っていられるかどうかだけの問題。


 ――絶対リィルのテクなんかに負けたりしない!!


 さぁ、来るなら来るがいい。ワタシはどこにもイかないぞ。さあ!


 ぎゅぅっと目をつぶり、次の瞬間に襲いくる快感に備えた。


(………)


 ねぇ、知ってる? 遅漏って結構嫌がられるらしいですよ。


 どれだけ待たせんねん。良くないよ、約束破る奴と遅刻する奴はみんなから嫌われるんだ。それも、こんな美幼女を待たせるなんて!


 ――わきまえて!


 で、でも? もしかしたら緊張で上手くできないってこともあるかもしれないからね。


 し、仕方ないからおかしなところがないか、ワタシが確認してあげるッ!


 と、特別! 今日だけなんだからね!?


 よし、じゃあ開くぞ。リィルを刺激しないように、そーっと、そーっと……。


「んふぅ~、気っ持ちいぃ~」


(……いや、なんで満喫してんですか?)


 目を開くと、リィルが呑気にもぐぐっと背伸びしてから全身を弛緩させて、湯船に沈んでいくところだった。


「……タメを作ってもリアクションは変わりませよ?」


「もう! さっきから何もしないっていってるじゃん。もう少し信用してくれてもいいんじゃないかなぁ? さすがの私も、これ以上に空気を悪くするようなことはしないよ。それに、それじゃあいつまで経ってもお風呂にゆっくり浸かれないでしょ?」


「……風呂がゆっくり浸かるためのものだって知ってたんですね」


「さすがに失礼すぎじゃない?」


 ぶーっと、頬を膨らませるリィルに、距離をとりつつ確認する。


「ほ、本当にもう何もしないんですね?」


「しない、しない。アーセムに誓うよ」


 その言葉にバッと振り向くと、目に力強い光を宿したゼタさんと目が合った。


「ゼタさん!」


「イディちゃん!」


 歓喜に涙を零しながら、ワタシたちは互いをギュッと抱きしめ合った。




 ――ワタシたちは勝ったんだ!



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