女の子同士の洗いっこって……まぁ夢だよね ①
「はい、じゃあ耳栓するよぉ」
「へ? ……わはぁ!?」
返事をする間もなく耳の穴に何かを突っ込まれた。
「なんですか!? なんですかこれぇ!?」
なんとも言い難い感触だ。ぐにぐにと柔らかいのに、適度に弾力のある丸いものが耳の穴にピッタリフィットしてくる。まるで大きなグミで塞がれたみたいで、ちょっとゾワゾワする。
「あっ、ゴメン! リィルちゃんって、耳栓使ったことなかったけ?」
「これって耳栓なんですか? でも、ちゃんと声は聞こえる」
両手で耳の穴を探ってみると、ツルツルした感触が返ってきた。ちょっとヒンヤリしてるけど、触ってみた感じ余計にグミにしか思えなくなってきたな。
「そりゃあね。それは水が入らないようにする用の耳栓だもん。声まで聞こえなくなったら不便でしょ? 獣人の小さい子は最初の頃みんなそれにお世話になるんだよ。
ゼタも昔は使ってたな~。んふふ、懐かし」
「い、今は使わなくたって洗えるもん!」
「んん~? 本当にぃ? なんならゼタも洗ってあげようか?」
「結構ですッ!」
焦ったゼタさんの声色から察するに、これを使うのは上手に頭を洗えない子供なんだろうな。
元の世界で言うところのシャワーキャップみたいなもんか。
でもシャワーキャップって知名度ほど使用率高くない気がするんだよね。実際、『俺』は子供の頃から一度も使ったことなかったしなぁ。
「じゃあ頭から洗ってくよ~」
「あっ、はい。お願いします……ん?」
なんかリィルに洗ってもらう流れになってるけど、これってちょっとおかしくないか?
(いやいや、ワタシってば自分で洗えますよ?)
でもなんか鏡越しに見るリィルが、すんごい楽しそうなんだよなぁ。
ここまできて、楽しそうにしてるのを邪魔してまで自分で洗うのもなんかな……まっ、いいか。ご機嫌に鼻歌まで歌ってるし、やりたくて仕方ないんでしょ。
話から想像するに、一緒に暮らしていた頃はリィルがゼタさんを洗ってあげてたみたいだし、離れてからはそれもできなくなったから、かまってあげたい欲が溜まってるだろう。
もぅ、しょうがないなぁ。その溜まったもの……ワタシでスッキリしたいんでしょ?
いいよ、それでリィルが満足できるなら。――ワタシの体、使って?
まぁ冗談はさて置き、ワタシもこの体になってからしっかり風呂に入るのは初めてだしね。お手本を見せてもらおうじゃないか。
言っときますけど……ワタシ、シャンプーには一家言あるから。
生半可なシャンピングなんてした日にゃあ、黙ってられねぇか、
「はい。わしゃわしゃ~!」
「わをぉーん!」
あぁっだめぇ! 気持ちいいのぉ!
生半可じゃないテクに黙ってられなかった。
そうだった、リィルは一流のナデリストだった。あの繊細な指使いがシャンプーでも十二分に発揮されて、ワタシの頭皮を心地良く刺激して、思考まで白く洗われるみたいだった。
「お客さ~ん。痒いとこはありませんかぁ?」
「大丈夫で~す」
このテンプレなやりとり、こっちの世界にもあるんだなぁ。
コンクリを豆腐のごとく粉砕しそうな剛腕からは想像できないけど、リィルの指って思いのほか細いんだな。それでいて、その指一本一本が、力強いけど乱暴ではない、絶妙な力加減でワタシの髪の間を滑っていく。
ワシワシと擦られるたびにもこもこと泡が膨らんでいくけど、使ってるシャンプーがいいのか、泡がめっちゃクリーミーでワタシの頭の上でソフトクリームを作っていた。
「ちょっと遊ばないでくださいよー」
「んふふ~、ごめんごめん。だって家にあるシャンプーじゃ、こんなに綺麗な泡作れないんだもん。楽しくなっちゃって」
「も~、ちょっとだけですぉ?」
「んふふふ」
「あははは」
なんだこれ。自分でやっといてなんだけど、これは……きめぇなッ!
ヤバい、頭洗ってもらってるだけなのに精神へのダメージが止まらねぇ。
正直な話、百合っぽい女の子同士のやり取りに憧れとは違うけど、こうなんていうか……夢みたいなものを持ってた。
――でも、これはちげぇわ。
傍から見てる分には微笑ましいで済むけど、そん中に自分が入っていくとなると……もう!
いや予想はついてたけどね、居た堪れなくなるって。でも、やってみてなおのことハッキリしたわ。やっぱりこういうのは見ているだけでいいんだなって……。
ところでゼタさんは、なんでそんなにうらめしそうにこっちを睨んでるですかね?
「あ、あの。ゼタさん?」
「ハッ! い、いえ、なんでもないですよ? 羨ましいだとか、そんなことはこれっぽっちも思ってませんからね!?」
それは思ってなかったら出てこない言葉ですね。
(これ、どうしますよ? リィルさんや)
思わず鏡越しでアイコンタクトを取ると、リィルの口角がニヤッと上がった。
「もぉ~、しょうがないなぁゼタは! ほらっ、こっちおいで!」
「だから! 私は別に自分で洗えると」
「いいから! 遠慮しないの!」
リィルはゼタさんを無理やり引っ張ると、ワタシと自分の間に座らせた。
ゼタさんも言葉では抵抗してるけど、体は正直なもんで、口元は緩んでるし、大人しく座ってるところを見てもやっぱり混ざりたかったんだろうな。
「んふふ~! 私、これ一回やってみたかったんだよねぇ」
三人で一列に並んで、自分の前に座ってる人を洗ってあげるアレだ。どれかは知らない。
「なんかさ。仲良し三姉妹って感じで、良くない?」
んふふ~と、顔面が崩れないのが不思議なくらい、リィルがだらしない満面の笑みを見せる。その顔にゼタさんも、強情張ってるのが馬鹿らしくなったのか、吹きだすように苦笑を零した。
「本当に姉さんは、やることが強引なんですから。しょうがないですね。それじゃあ、イディちゃん。すみませんが、ここからは私に交代です」
「いえ、大丈夫ですよ。お願いします」
「はい。任されました」
くすくすと、浴場に小さな笑い声が転がった。
ゼタさんの手並みは、リィルみたいに声が漏れてしまうような巧みさはなかったけど、全身が緩んでいくみたいな安心感があった。
しばらく、頭を擦る泡と指の感触と、シャカシャカと軽い音だけがワタシたちを包んだ。
「ハイッ! じゃあ交代!」
「えッ!? もうですか?」
ゼタさんの手が止まったのに、ワタシも振り返ってリィルの方に目を向けた。
リィルは既に背中を向けていて、いつでも来いとスタンバっていた。
「だって私も早く洗って欲しいもん! ほら、交代交代!」
「はぁ~。ホント、勝手なんだから。ごめんね、イディちゃん。ちょっと待ててね」
「あっ、はい。大丈夫ですよ」
申し訳なさそうに顔を向けてくるゼタさんに頷いてみせた。
しかし、こうなるとワタシは手持ち無沙汰になるな。
ゼタさんのことを洗ってもいいんだけど、それは中身的にセーフだろうか?
……いや、ここまできて洗わない方が失礼だし、この外見で気にしている方が気持ち悪い気がしてきた。そうとも、ワタシは名実ともに幼女犬なのだ。
だから何も問題ない、いいね?
ということで、座っているにもかかわらず、ワタシの目線より高い位置にあるゼタさんの頭部を見事、キレイキレイしてやるぜ!
でも、このまま手でやるとなると、届くんだけど絶妙にやりづらいな……。
(おッ!)
こんな手頃な所に取手の長いブラシらしきものがあるじゃあないか! これならワタシでも問題なくゼタさんのことを洗ってあげられるな!
それじゃあ、さっそく……。
「てい」
――ざり
「ひぃやぁあああッ!?」
「……へ?」
丁度、角の根元辺り。
ワタシのブラシが優しく擦り上げた途端、ゼタさんから可愛らしい悲鳴が上がった。
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