女の子同士の洗いっこって……まぁ夢だよね ②


 ――あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

『ワタシは奴の後から角を洗ったと思ったらいつの間にかイカせていた』


 な、ナニを言ってるのか分からねーと思うが、ワタシもナニをしたのか分からなかった……、頭がどうにかなりそうだった……。


 催眠術とか時間停止とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいモノの片鱗を味わったぜ……。


 いや、味わったのはゼタさんだけどさ。で、でもこれはワタシ悪くないだろ!?


 黒い体毛に覆われた背中をビクビク震わせているけど、ビクビクしたいのは目の前を角の切っ先がかすめていったワタシですから。


「えっ、なになに!? どうしたのゼタ!?」


「んんっ、ふ、くぅ」


「な、何があったのイディちゃん!?」


 慌ててリィルが振り返るけど、貴女今、泡まみれですから。そんな状態で振り向いたら……。


「め゛ぇえええッ!?」


 泡が飛んでゼタさんの目にジャストイン!


「あああ!? ご、ゴメン! ゼタ、大丈夫?」


「あ、あの……」


 もう踏んだり蹴ったりですね。いや、ワタシのもリィルのもわざとじゃないから、怒らないでほしいんだけど……さすがに風呂場の床に顔を押さえながら丸くなっているゼタさんを見ると、申し訳なさが溢れてくるよ。


 とはいえ、ワタシも自分が何をやらかしたのか分かってないんですよね。


「と、とりあえず目を洗おう! ほらゼタ、顔上げて」


「うぐぅ」


 ……い、居た堪れねぇ!


 リィルがゼタさんの目を洗ってあげてるのを傍から見ながら、ワタシできることといえば、今となってはなんで持ってるかも分からないブラシを手に右往左往するだけ。


 これはあれか? 「はわわ~」とか言ったら許されるやつか? 誰でもいいからワタシが無罪放免になる方法を教えてください。


「ううぅ、酷い目にあいました」


「ゼ、ゼタさん……大丈夫ですか?」


「もう! イディちゃん!

 急に角のつけ根をブラシで擦るなんて何か考えてるんですか!?

 私だから良かったものを、これが見ず知らずの人にやっていたら怒られるだけじゃ済まなかったですからね!」


「あ~、なるほどねぇ。それはやっちゃねー、イディちゃん」


 ぐううぅ! その小さい子供に向ける仕方ないなぁって目がワタシの精神をガリガリ削っていく。ブラシで擦られた返しにしてはヤスリ並みに目が粗くありません?


「駄目だよ~イディちゃん。教えたでしょ、角は他人に研いでもらうと気持ちよくなっちゃうくらいには敏感なんだよ。根元は特にだよ。

 そんな部分を急に擦られたら、あられもない声の一つもでちゃうってもんだよ! ねっ、ゼタ」


「角研ぎのことはもういいんです! 蒸し返さないでください!」


「んふふ~。はーい」


「もうッ! コホンッ。いいですかイディちゃん? 淑女たるもの、みだりに他人の体に触っても触られてもいけないんです!

 特に種族の特異部位、森人族エルフでいえば耳、岩人族ドワーフでいえば手、私たち獣人は混ざっている獣の特徴が出ている部位!

 そういう部分を本人の許可なく触ってしまったら、その場で報復されてもしょうがないんですからね!?」


「で、でも。ワタシ、リィルに耳も尻尾も触られ放題なんですが……」


「お姉ちゃんッ!?」


 リィルがサッと視線を反らして口笛を吹いて……って上手いな!?


 高音と低温が一緒に聞こえてくるし、ベースとメロディまで完璧だと……!?


 いやホントにそれどうやっての? 純粋に気になるんですけど。


「誤魔化さないでください! どういうことですか、姉さんだって知っているでしょう!? そういった部位が種族としても個人としても大切なものだって!」


「んぃや~。ほら、私はイディちゃんのママになる予定だったしさ。お母さんなら触ったって別にいいでしょ? ……分かってなかったみたいだし」


 裁判官! 今、小さい声でボソッと自白しましたよ、このキチガイ母性ママ!!


 これはワタシの勝訴でしょ。祝杯の準備をしなきゃいけないんで、この話はここまでってことでいいですね?


「よくないですッ!」


(はいそうですね)


「一緒に住んでる姉さんが教えてあげなくてどうするんですか!? このままじゃあ、イディちゃんがオールグの英雄じゃなくて、オールグの無差別偏愛者として認知されちゃいますよ!」


 偏愛なのに無差別ってもう分かんねぇな。


 っていうか、待って。さすがにワタシが変態ってことには異議申し立てさせてもらうわ。いや確かにね、身体的には変態してますけど? だからって、中身まで変態ってことにはならないじゃないですか!


 ワタシはいたって健全な、幼女in喪男モダンアラサーですから!


 ……うん。ダメな気はしてた。


「んんー! んぅるさぁ~い! ゼタがなんと言おうと、イディちゃんは私好みの無知っ娘に染め上げて育てるんだ!」


「なッ!? 牢屋にまで入れられたのに、まだ懲りてなかったんですか?」


「それはそれ! これはこれ! 私の野心は止まるとこを知らないのだぁ!!

 とぉー!」


「ふひゃあああ!?」


「へっ?」


 かけ声一叫、生命の危機を感じさせないのに貞操の危機を感じさせる絶妙な声音でリィルが飛びかかってきた。


 ゼタさんも、まさか逆ギレから襲いかかってくるのは読めなかったんだろう。リィルの洗練された足払いに、為す術なく可愛らしい悲鳴を上げて押し倒された。


 ゼタさんを間に挟んでいたのもあって、ワタシも何も反応できず、無防備なまま彼女の背中に圧し潰されるのを予感したけど、そこはゼタさん。


 圧し潰される前にワタシを自分の胸に抱え込んで守るという、さすがの紳士プレーによってワタシの後頭部は守られた。


 でも、顔面が霊峰級のお山にのまれてしまったからトントンだな、うん。


「私はもう! 我慢しない! どっちかなんて貧しい思考していたからダメだったんだ……二人共一緒に洗ってあげる。私自身でねぇ!」


 リィルがボディソープを自分に塗りたくり、泡まみれの体を見せつけるみたいに両腕を広げて指をワキワキさせながらにじり寄ってくる。


 目の光り方といい、荒い息遣いといい、純粋ないやらしさしかない手つきといい。もう明らかに不審者兼、変態兼、犯罪者って感じで、コイツ無敵だな。


 いや、よく温泉シーンで湯気とか泡で大事な部分が隠れている描写がされるけど、自ら作り上げる奴は初めて見ましたよ。ここはそういうお店じゃないですよ?


 というか、これじゃあワタシも逃げられないじゃんか!


 放してゼタさん! ワタシ、民主主義の申し子だから自由でいなきゃならないんです!


 くっ、この! 既にワタシもゼタさんも泡だらけでヌルヌルしてるから、上手く力を入れられない。それに手を着ける場所がお山しかないとかずるいぞ!


 いくら外見が幼女でも自分から触りにいくのはアウトだろう。それなのに……!


 ――目の前でぷるぷるしやがってよぉ!?


 いくら信仰の対象だからって、こんな横暴が許されていいと思ってるんですかね。


 夢と希望が詰まってるならワタシにも分けてくれたっていいじゃない。


 あ゛あぁ、ゼタさん! そんな力強く抱きしめないでください! 確かに優しさとか慈しみとかって意味で愛は足りてないから抱きしめるのは間違いじゃないんだけど今じゃない!


 こんなことをしている間にもリィルが――!


「大丈夫だよ、二人共……天井のシミを数えてればすぐだから」


「待ってリィル! それは浴場ここで言うセリフじゃない!」


「ちょっとお姉ちゃん!? まっ、そんな急に、あっ!」




 ――ぴちょん




「「ふぁあぁあああ~~~!!!」」




 ――白く、白く染まっていく。視界も、思考も、全部……何もかも。







「……ふぅ。二人共――きれいになったね!」


「うぅうう、ふっ、あっ」


「くぅ、うぐ、ぐすっ」


 ――いや、どっちかっていうと汚されましたわ……。


 つやっつやの顔で満足そうに仁王立つリィルの足元で、涙とかいろんなものに濡れたワタシたちは、体を寄せ合って震えた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る