93 送られる側の気持ちを考えたことはあるか?
まさか……、これが世に聞くイザ○ミか!? 一体いつから、錯覚していた? いや、これ違うやつだ。そもそも錯覚も何も自分で自分にかけたんだから世話ないね。
「あっ、ようやく終わった?」
で、クイーンさんは何故、そんな横になりながら果物をかじるなんていう休日のお父さんスタイルでくつろいでらっしゃるんですかね?
こんなん(茶番)でも、それなりに覚悟決めようとしてたんですぜ、ワタシ。
「そんな、胡乱な目を向けないでよ。しょうがないでしょ? こっちからしたら、強制とはいえ決まったことで、今更うだうだ言ってんのを見せられてるんだから。
ちゃんと上に行くまでの安全は保障してあげるって言ってるのに、責任がーとか、恨みがーとか、どうしようもないことで言い争ってるんだもの。
ホント、人族って面倒くさいわね」
えぇー、いやそんなことを言われても、結構大事じゃありません? 誰が責任とるのかーとか、周りへの説明はどうするのかーとか、後処理どうしましょうーとか。
まあ、そこら辺は全部リィルに丸投げして、オールグの偉い人に決めてもらおうっていうワタシがどうこう言えることじゃないですけどね!
ああ、いや、そっか。これっていわゆる平等な社会ってものがあるから成りたってるのか。アーセムの上で獣とかを管理しなくちゃならない中層と、アーセムの下で多くの種族とか思想が入り混じる街とじゃあ管理の仕方が違って当たり前だ。
クイーンさんが管理する中層に、意識というかある種の人間性みたいのを持つ生物がどれだけいるのかは知らないけど、下層、街と違って、みんなで一緒に治めて運営しましょうっていうような社会構造とは根本的に違うもんね。
あくまでもトップであるクイーンさんに絶対的な決定権があるのは揺るがない。どれだけ周りが騒いでも一度決まったクイーンさんの意志が揺らぐことなんてない、むしろ揺らいじゃいけないんだろうな。
人間で言うところの王政みたい感じだな。
つまり、トップが有能じゃないとデッドエンド一直線になる、と。ワタシだったらプレッシャーに圧し潰されて一日ももたないのは明らかだね。
とはいっても、自然界じゃあ一番有能な奴がトップになるのが当たり前だしね。
つまり自然からかけ離れたワタシは、
だからクイーンさんも、もう少しワタシを甘やかしてくれたっていいんですよ?
「じゃあ、ちゃっちゃと説明に移るわよ」
取りつく島もない。ふふ、これが大自然の厳しさですよ。
「何、ベソかいてんのよ?」
泣いてなんかないやい! ただちょっと、自然の寒さが身に染みただけなんだから……。
「まっ、いいわ。私の仕事はアンタを上にあげること。アンタの仕事は上にあがること。それが達成できるんなら、他のことはどうだっていいわ。いいこと?」
「は、はい」
有無を言わせぬとはこのことですね。他人……いや、人じゃないから他者か、まぁそれ置いておくとして、命令をするのに慣れているこの感じ、上に立つものならではカリスマが溢れだしている!
くッ、身体(本能)が勝手に服従することを選んでしまいそうになるぜ。
だがな、ワタシもだてにリィルとかアーセリアさんみたいな人たちと面識を作ってきたわけじゃあない!
言わなきゃならないことは言わせてもらうんだからッ!
「全てクイーンさんの意志に従わせていただきます」
「そう、人族にしては殊勝な心がけね」
へへっ、この尻尾のキレを見てくださいよ。口以上にものを言うし、素直すぎて困っちゃうやつなんですよこれが。
「そうね。殊勝なアンタに免じて、簡単な説明くらいしてあげてもいいけど?」
「ぜひお願い致しますぅ!」
さすがは女王様。奥ゆかしいお胸を張って、下々の者を見下ろしながら褒美をとらせる姿が実に絵になってらっしゃいます。
こんな姿を見せられたら、そりゃあ中層の獣やら何やらも従わずにはいられないしょう、分かりますとも。
それにしても、下手に出ただけでこうも上機嫌になられるとは、これだから尻尾を振るってのは止められねぇんだ。
「いいこと? アンタをこれからアイツのいるアーセムの頂上まで送る訳だけど、さっきから言ってるように向こうでもちゃんと生きてられるように私が直々に防護策を講じてあげるわ!」
「ぐ、具体的にはどういったものを?」
クイーンさんは、顎に手を当てながらなにやら考えるように宙を眺めるけど、防護策って今から考えるんですね。いえ、何も心配などしていませんよ?
「そうね、とりあえずアンタには私の糸で編んだ服をあげる。それに魔法を一緒に編み込んで、さらにその上から魔法を重ねがけすれば、たいていのことは問題なくなるでしょ」
個人的にはたいていではなくて全部のことが大丈夫になっていただきたいんですが、駄目ですかね? まぁ、駄目ですよね。
そもそもあり得ないなんてあり得ないって言葉もある通り、全部なんて軽々しく口にされた方が逆に怖いんで、ワタシは大丈夫です。
「じゃ、やってきましょうか」
「えっ!? も、もうですか?」
クイーンさんが、何言ってんのとでも言いたげな表情でコテンと小首を傾げる。
「当たり前でしょ? 時間は有限なの。それにこの混乱を早く収めるにはアンタが送り出すしかないんだから、ここで手をこまねいててもしょうがないでしょ?」
「で、でもですね。実質一度しかできない上に、ぶっつけ本番な訳じゃないですか? もうちょっとこう、話を詰めてですね。慎重をきした方が……」
「いくら時間を使ったって、やること変わらないんだから一緒よ。じゃあ、そこにまっすぐ立ちなさい。いいこと? 動いちゃ駄目だからね」
ああ、そんなこっちの意志なんて関係なしにことを進めるなんて! こんな、こんな仕打ちをされるだなんて、あんまりだ!
まぁ、こっちに来てからワタシの意思が尊重されたことなんてないけどなぁ!
ちくしょう、好きにすればいいさ。
「いくわよ」
クイーンさんの合図にグッと身体を強張らせて身構える。
ガチガチに緊張しているワタシを前にしているのに、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに他所にして、クイーンさんは鮮やかな紅色の燐光を漂わせると、どこからだしているのか、詮索したら殺されそうなので、気にしてはならない糸を出して燐光に潜らせた。
「おおっ!?」
光の中を通り抜けると、糸は淡いピンク色となっていた。
驚きに声を上げるワタシの前で、サーモンピンクに色づいた糸は、ひとりでワタシに巻きつくように覆い被さってくると、そのまま何重にも絡み合うようにして、針や鋏を使うことなく空中に絵でも書くように服を織り上げていく。
「こっ、これは!?」
――元の世界で見たことがある!
織り上がっていく服を前にして、余りの衝撃に慄く。
これはそう、地球では大分お馴染み、多くの女性から憧れと嫉妬を一身に受け止めるための戦闘服!
そうこれは――、
(ウェディングドレスじゃねーかぁ!)
――送り出すってそっちの意味なんですかぁ!?
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