83 飛んでも犬は、ただの犬だ
「イディちゃん!!!」
(……ふふっ。ふ、ふはっ、ふあっはっはっはぁ!)
ええ、ええ、そうでしょうとも。そんな必死な叫び声を上げて、縋るような瞳を肩越しによこさずとも分かっていますとも。
ワタシ (おまえ)が、生贄 (ヒーロー)だって、そう言いたいんだろう?
そんなことは言葉にせずとも目と目で通じ合っちゃってますとも、ええ。
でもさ、一度振り返ってみて欲しいんだ。――ワタシの、小ささってヤツをさ……。
器だけじゃなくて身体も込みでなッ!
(もう分かってるんだろ? こんなワタシがさ、仮にオロアちゃんを追って飛んだとして、できることある? そう! ないんだよ!
いや~、話が分かる自分で良かったわ。じゃあ、そういうことなんで、……たぁあいむっ!)
いやホント待って。ちょっとみんなして色々ありすぎて混乱しているだけなんだよ。
そんなさ、もうお前しかいない! みたいな期待を寄せられてもさ、小さすぎるワタシじゃあ受け止めきれないっていうかさ。
――そんな大きいの入んないよぉ!
壊れちゃうから! そんな大きな
絶対に肝とか中身とか精神とか、とにかくありとあらゆるものが圧し潰されちゃって、
それなのに、そんなモノをこれ見よがしに見せつけられたって無理なものは無理なんだよ。ワタシの身体の大きさを見れば分かるだろ、物理で考えていこうぜ!
よく一部の薄くて熱い本なんかで、身体の形が変わる程のボゴォッな内容がもてはやされていますけど、冷静に考えてみて、――あれは死ぬ。
どう考えても中身が無事じゃあ済まないんだよ!
どんな生物にも
でも、今現在、ワタシにドデカいモノをぶち込もうとしているのは
(逃げ場なんてないのさッ!)
魔法と物理が合わさって最強でワタシは終わった……。
(……いや、まだだ。まだ終わってない! 終わらせてたまるかよ!
こんな、いつの間にかとんでもないことに巻き込まれて、ワタシの意思なんて既に放り捨てられて久しくて!
きっとアイツ、今頃とんでもない高さから地面に叩きつけられて爆発四散した身体のまま、アーセムの近くで泣いてるよ。あんまりな理不尽に泣いてるよ! 泣いてるワタシが言うんだから間違いないよ!)
散ってしまったアイツ (ワタシの意思)のためにも、こんなところで死にそうになってる訳にはいかないんだ。だから――、
(早く来てよ! ご
……ワタシ、知ってるんだから。アナタがここぞって瞬間に、最高の形で登場するためにスタンバってるの! 一番見栄えが良くて、展開的にも盛り上がって、誰もが拍手と喝采で迎える、そんなシーンがお望みなんだろ?
(それ、今だから! 間違いなく今だから! この瞬間を逃して、次があるだなんて思うなよ!? そんな簡単にピンチなんて訪れたりしないといいなって思うんだから!
ほらっ、見ろよ! こんなことをしている間にも、流されたオロアちゃんの身体が木の葉のように風にもてあそばれて、かわいそうなぐらい悲惨な状態でワタシの目の前を舞っているんだぞ!? ……いやなんで目の前?)
いつの間にか、突風に攫われていった筈のオロアちゃんが、恐怖と混乱からギュゥッと目をひたすらにつぶり、身体も固く強張らせてワタシの前に存在していた。
(……ふふっ。ふ、ふはっ、ふあっはっはっはぁ! ……どういうことだよっ!?)
いや、そういうことなんでしょうけども!
状況的に、いつの間にか風に攫われたオロアちゃんを追って飛んでいたって、そういうことなんでしょうけども、どういうことだよぉ!?
(なんでだ、なんでだワタシぃ! 勇気と蛮勇は違うんだぞ! ワタシの中には勇気なんて一欠けらだってないんだから、全ては蛮勇に終わるんだぞ!
それなのに……、なんでだよぉ、答えろよぉ、ワタシぃ!)
お前はそんな子じゃなかっただろう。そんなできる筈もないことに、なんの用意もなく、考えなしに突っ込んでいくような、そんな主人公めいたことをするような奴じゃなかっただろ!
いったいいつの間に変わっちまったんだ。
(そりゃあ、こっちの世界に来た瞬間に、何もかも変わっちまってるんだけどさ……)
身体が変われば、その身体に引っ張られて精神性も心も変わっていくなんて、TSものじゃお約束ですけど、幼女なら幼女らしく可愛らしく振舞ってくれてもいいじゃない!
それをこんな、目の前を飛来物が横切っていったからって、飛んできたボールを追いかけて駆けだす犬みたいな真似を……、
(――なるほど、そっちか)
つまりワタシは、揺り籠でやらかしたフリスビーの一件よろしく、自分の目の前に飛んできた物体 (人体)に飛びつきたいあまり、自分の命すら見境なく投げうって飛びだしていたと、そういうことなんですね。
――はは、なぁんだ。
(そっかそっか。……これが本能か)
つまるところ、ワタシはこの身体に合わせて精神性も心もふさわしい変貌を遂げていたと、これ以上なく相応しい振舞いをしていたと、そういうことなんですね。
(それはだいぶ前から分かってたことだったわ……)
なら、この行動も当然の帰結というヤツで、何も理不尽なんてなかったんだ!
(いや~、良かった! これで一件落着ですね! ふふふ。
まぁ、このまま地面に落着したら、ワタシもオロアちゃんも爆発四散するっていう一件が残ってるんですけどね! ……誰でもいいから助けてくださいぃ!)
どうすんだよ、どうするっていうんだよぉ!?
本能に任せたままオロアちゃんの服の襟首を口でキャッチしたから、本人の確保はなんとかできたけど、このままじゃあワタシたち二人共、アーセムよりも高いところに昇ることになっちゃいますけどぉ!?
(何か、何かしないと! そ、そう! とりあえず減速!
速度を緩めたところで、こんな高さから落ちたんじゃ意味がないかもしれないけど、それでも何もしないよりマシな筈だ! だから、手を伸ばすんだ!
アーセムの幹に手をかければ、この身体のスペックなら止まることだってできるかもしれない! ワタシを信じろ自分んんん!?)
――目算、アーセムの幹までの距離、3トイディ。
(スペェエエエック!)
腕が短すぎるという圧倒的スペックなワタシだった。
――ああ、本当に終わった。
だから言ったんだ、自分に何かできるなんて思い上がりだって。全ては蛮勇なんだよ。いくらワタシが大丈夫でも、オロアちゃんが無事じゃなかったら意味がないんだから。
だから……、だからこの子のことは諦めちゃ駄目だろ!
ワタシのことはいい。自分のことだ、諦めるのだって自由だけど、この無鉄砲だけど優しくて、勇気のある子供の命を投げだすことはしちゃ駄目だ。
小さすぎて不便すぎる身体でオロアちゃんをなんとか包み込むように掻き抱く。少しでも地面に衝突した時の衝撃がワタシの方に流れてくるように。
(意地張れワタシ! 少なくとも中身は大人だろッ!)
前を見開いて、足元に広がる小さな街並みを睨みつける。
後どのぐらい続くか分からない落下への恐怖と、地面にそのまま叩きつけられた時の想像もできない恐怖が、寒気になって足元から頭のてっぺんまでを震え上がってくる。
痺れにも似たその感覚に、もう何がなんだか分からなくって、口元が独りでに吊り上がっていた。
(くるならこいやぁあああ!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます