84 アタシの知り合い、マジ、ッべーから
打開策も勝算も欠片すらなくて、それなのにこんな場違いにも一人で空騒ぎに盛り上がれる自分には惜しみない称賛を送りたいところだけど、喉が引きつって声なんて一息さえ出てきそうになかった。
(いや、空中で騒いでいるわけだから、空騒ぎしても場違ってことはないんだろうけどさ!
それはそれとして、ワタシは騒ぐならみんなでワイワイ騒ぎたい派なんだけど、そんなみんなでワイワイできるくらいの友人なんていた
――でもさ。……憧れちゃうな、そういうの……。
肩を組みながら何でもないようなことで声を上げて笑ったり、夕日が沈む水平線をバックに濃いオレンジと黒いシルエットだけの写真を撮ったり、お酒を片手に朝まで他愛もないことを語り合ったりさ。
――憧れちゃうんだよなぁ、そういうの……(チラッチラッ)。
(……誰か来てくれたっていいじゃない!? いつもなら頼んでもいないのに、背後から忍び寄ったりタックル決めてくれるくせにさぁ! こういう切迫した時に誰も来ないっていうのはどうかと思うよ?
ほら、危機に瀕した時に一緒にいてくれる奴こそ、本当の友達だっていうじゃない? そいうことだから!
だから、シリアスでもハプニングでもいいから、ワタシを一人にしないでよぉ!)
「ゔぐぇッ!?」
道連れを熱烈に所望していたっていうのに、やってきたのは身体を二分割するような勢いの衝撃だった。
なんの前触れなく腹にくい込んできた強烈な圧に、苦しいとか痛いとかってことはなかったけど、お腹の中の空気が無理やり押し出されるような感覚が身体を突き抜けてきたのにうめいた。
(うぐぅ、いったい、何が?)
何が起こったか分からなかったけど、眼下の景色が迫ってくるような勢いで膨張してないことから、落下に急激なブレーキがかかったことだけは分かった。
「お゛ぅっ! えぅっ。あぅ……」
お腹を下からずんずん持ち上げられるような感触と共に視界が上下に揺れていたのが収まると、今度はお腹を支点に引っ張り上げられているような状態のままで止まった。
風に流されるまま、ゆらゆら左右に揺れている中で、上に向かって重量がかかったように『くの字』にへこむお腹に目を向けると、日の光にきらめく白い糸が巻きついていた。
(……なるほど、セーフティは初めからついてたって訳だ。さすがはリィルだぜ! これはもう全異世界が貴女にベタ惚れですよ! さすがは四天王だよ愛してるッ!)
とりあえず先程までの自分の狼狽ぶりは棚どころかアーセムの上にでもぶちあげて、今後一切誰の目にも触れないようにしておこう。
まぁ、なんにしても、まずは生存報告ですよね! 生きてるって素晴らしい!
「やったよリィル! オロアちゃんもぶ……じ……」
視界を持ち上げて、一番初めに目に飛び込んできたのは、リィルのホッとしたような笑みでも、ペスさんのちょっとしょげたような様子でもなくて、ルビーレッドの輝きだった。
(……おやおやぁ? この宝石みたいな輝きはどこかで見たことがあるぞ。
そう具体的に思い返すなら口の中からこう、もぞもぞっと這い出てきたのを見たことがあるような……。もっと具体的に思い返すなら、無機質な輝きからは想像もできない確かな生命力に満ち溢れた俊敏な動きで身体を駆け上がって、ワタシの耳に不法滞在をかましてくれたような……。
そうあれは、とても澄み渡った青空の下でのことだった……)
あれからワタシたちはいつだって一緒だった。どこに行くにも、何をしていても。
まるでそうあるのが当たり前みたいで、当たり前すぎて、いつの間にかそこに君がいるのかも確認することがなくなって、君が何をしてるのかも気にすることがなくなってしまったんだ。
(ねぇ、今も君は、ワタシと同じものを見ているのかな?
もしも、もしもだけど。今も君がそこにいるなら……、そこにいてくれるなら、伝えたいことがあるんだ……)
――……この同族さん、どうにかしていただけません?
デカァァァァァいッ! 説明不要!!
もうさ、どうなってんのさ。こんな大きくなるなんて聞いてませんよ?
目算で、体高だけでも3トイディはあるうえに、足の先から先まで目一杯広げた状態なら10トイディ近くありそうなんですけど。
ワタシの耳についてるのかついていたのか定かじゃないあの子も、これぐらい大きくなるとしたら、もうワタシには潰される未来しか見えない。
――そんな大きいの入んないよぉ!
(耳の穴に入れるのは耳かきだけにしておけよッ! そして思いのほかデリケートな部分だから可能限り優しく労われよな!)
そもそも耳の穴は何か入れるようには作られてないから、そんなことをして喜ぶのは、薄くて熱い本に生息している輩の中でも、ごく一部だから!
大多数は喜ばないどころか、受けつけてさえもらえないから! 表紙に「18G」のマークと「グロテスクな表現を含みます。事前にご承知の上、自己責任でお読みください」なんて注意文を書かなきゃならなくなるんだぞ、分かってんのか!?
(いや蜘蛛だからな、分かってた方が怖いか。そんなワタシは心を休めるためにお茶が一杯怖いんですが、ちょっと落ち着いて話すためにも、ご一緒します?)
こちらを眺めているはずなのに、どこを向いているのか分からない宝石じみた瞳に、精一杯の媚を振りまこうとして、下手くそに口元を歪めた自分が映り込んだ。
「まさか、クイーン!? なんでこんなとこに、いやそれより。
イディちゃん! 絶対に動いちゃ駄目だからねッ!」
巨大蜘蛛の後ろ、遥か上空から驚きに満ちたリィルの叫びが聞こえてきた。
(ああ、なるほど、お母さんでしたか。
貴女のお子さんは元気にしているといいなって思うんですけど、いかんせん自分の耳を覗く趣味がなかったもんで、確認できていないんですよね。
ちょっと時間をいただけるなら、ワタシは趣味を一個増やせて、そちらはお子さんの安否が確認できてで、ウィンウィンの関係を築いていけると思うんですけど……、どうですかね?)
リィルの叫びもまるで耳には届いていないご様子のクイーンさんは、ワタシの純度百パーセントの懇願を受けても身動ぎ一つしなかった。
きっとお子さんの安否が気になって仕方ないんだろう。
でもさ、そんな状況の中で本当に申し訳ないんだけど、自分よりも何倍も大きな蜘蛛と見つめ合う趣味も持ち合わせていないワタシとしては、今の状況は居心地の悪さと生きた心地のなさで、今にも意識が落ちそうなんですよね。
身体の方は落ちなくなったってのにさ。
――ギチギチ
(……ん? なんだろ、これ。……音?)
これ以上見つめ合っていたら恋しちゃうな、なんて思い始めてたところで、どこからともなく何か硬い物を擦り合わせたような音が辺りに響いた。
初めは恐怖から自分の歯が戦慄いているのかとも思ったけど、すでにそういった次元は超越してしまったらしいワタシの身体は、今の状況を受け入れることに余念がないらしく、自然体以上に自然体だった。
――ギチギチギチギチ
もはや運命と共にあることを選んでしまった身体に、ワタシの方から一言言ってやろうとしたところで、ようやくその音の出所がクイーンさんの口元だということに気がついて……、さらには自分の周りをいつの間にか、中くらいの蜘蛛たちが取り囲んでいることに気がついた。
(………)
急すぎる場面転換に脳の処理が追いつかなくて、ギラギラと日の光に輝きを返す赤い瞳に囲まれながら、ごくりと、つばを飲み込んだ音がいやに大きく響くな、なんてどうでもいいことが頭の中をぐるぐるしていた。
「……こ、これだけは、い、言っておくんだけどぉ」
行き過ぎた緊張はワタシの中から思考というものを綺麗さっぱり排除してくれたみたいで、考えるまでもなくワタシ口はどうしようもなく勝手に、意味の分からないことを垂れ流してくれるのだった。
「……アタシ、シリアスさんとマブダチだから」
――そこんとこ考えて言動を選んでよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます