54 おもちゃのきもち


 種族も年齢も性別も一貫性なく、個性で溢れ返っているようなお子様が五人。

 それぞれ色彩の異なる瞳に好奇心をまとわせて、今にも跳びかかってきそうな気配を滾らせている。


 おそらく大半の人は、この子供たちを前にして母性本能やら微笑ましさなんかを喚起されるのだろうが、ワタシは違う。


 知っているとも、君たちお子様たちが、それはもう無心に人を追い詰めることに定評があることを。


 彼らは確実に詰め寄ってきて、邪気とか悪意とかとは無関係なところでまったく意図せずにこちらの精神力も体力も奪いにかかってくるので、無警戒でいるとたちまち無残な姿にされてしまうんだ。


 ――見ろよ、奴らの目を。これはダメかもしれねぇ……。


「あ~、やっぱりオロアちゃんだ~。ほらぁ、だから言ったでしょ~? アタシの勝ち~」


「でも知らない人たちも一緒にいたじゃん。オロアだけじゃなかったからオレの勝ちだよ!」


「はいはい、そんな勝ち負けなどどちらでも宜しいですから。初めての方もいるですから、自己紹介をなさい」


 今から始まるであろう惨劇に備えて、ゼタさんの影から様子を見ていた私を庇うように前に出てくれたオロアちゃんには感謝以外にもたくさん言いたいことがあるので、とりあえず数分前の自分にも同じことを言ってくるべきだと思うんだけど、謙虚なワタシはオロアちゃんへの具申で話の腰を折る前に心を折られているから黙るしかなかった。


 とりあえず勝手に争いだした獣耳の少年少女を諫めながら、オロアちゃんが子供たちをほどいて横一列に並ばせる。


 それに倣ってリィルとゼタさんが左右に広がって余計な場所を空けたので、いつの間にか二人に手をつながれていたワタシが押し出されるように挟まれたまま立たされてしまったのも当然の結果で、状況が上手く飲み込めなくて交互に二人の顔を見上げてしまった。


 某新聞に載った宇宙人でも、もう少し色々な感情が渦巻いて滲みだした瞳をしているというのに、春麗うららかな朝に目が覚めたらギロチン台に固定されていたみたいで本当に訳が分からないワタシの目からも心からも光が消え失せていてどうしてくれるんだ。


 リィルだけならともかくゼタさんにまでこんな裏切りを受けるだなんて……、そんな爽やか&穏やかな微笑みでついに友達が同年代の友達ができるんですね、なんて言いたげな顔をしていたらワタシだって笑うしかないけど、これは笑顔とは言わないんだからな。


(だから、無垢な光の被弾面積を広げる行為は今すぐ止めた方がワタシの身のためですよ?)


「ふふ、大丈夫ですよ。みんな、とても良い子ですから」


 ――そういうことだから、大丈夫じゃないんだよ!


 もう片方の手を握りながら笑いを堪えているリィルには期待なんてなかった。


「はいはーい! オレ一番!」


 逃げることなどできようもないワタシの前に、第一執行人が進みでてきた。


「オレはヴーガル。狼人族ライカンで、ここで一番強くて、一番お兄さんなんだからな! だからオレのうわぁ!?」


「アタシね~、ウーウィークゥって~言うの~。兎人族ラビニアスだよ~。ウーって呼んでね~」


 ヴーガルと名乗った男の子が腰に手を当て、胸を張って微笑ましさを振りまいているところに、ウーちゃんとやらが背後から覆いかぶさり割り込んできた。

 二人共毛皮に覆われてはいたが、どちらかというと徒人ヒュームよりの容姿をしており、それぞれ上に向かってツンと伸びる三角形の耳と、肩下まである大きな垂れ耳が印象的だった。


 しかし、なぜ二人の視線がワタシを射抜いているのかというのがホント分からない。


 じぃ~っと見つめてくる瞳の奥にあるのは間違いなく捕食者の光。狼らしいヴーガル君はまだしもウーちゃんはそんな目をしちゃいけない、兎の筈だろう君は。


 間違いでもなんでもなく獣の眼光のそれに恐れ戦いていると、続けざまに第三、第四、第五と刺客は増えていくばかりでワタシの生存率は減っていくばかりだった。


「ペタ。羊人族サテュルノス


角人族オーガのノヴィアです」


「ディッツ、徒人です。宜しく」


 ヴーガル君とディッツ君が男の子で、他の三人は女の子らしかった。ヴーガル君は一番年上とのことだったが、見る限りウーちゃんとディッツ君と大差ない。


 おそらく三人が同い年で九か八歳程、ノヴィアちゃんがその下で七歳ぐらい、ペタちゃんに至ってはもこもこの塊なので外見からはよく分からないけど身長的には三、四歳程で、こっちの世界に来てから初めての見上げられる存在に戸惑いしか生まれてこなくてどうしようもなかった。


 彼らがこれからワタシをどんな風に貶めてくるのか、想像しても笑えるのは膝だけなんで、世界はもっとお笑いに真摯になってワタシに対して紳士であってお願いします。


「あれ? シュシュルカはもう巣立っちゃったのかな?」


「シュシュねぇはラックのお世話してる。お姉ちゃん、シュシュ姉の友達?」


「ん~、お友達、かなぁ? まあ知り合いではあるよね。私はね、マグリィルっていうの。リィルって呼んでね」


「分かった! なら、オレのことはガルって呼んでいいぜ。シュシュ姉の知り合いならオレがシュシュ姉のこと呼んできてやるよ。ちょっと待ってて」


 腰を屈めてにっこりと子供向けの笑みを浮かべたリィルに、ヴーガル君も勇んだ笑顔で尻尾を振り回すと、返事も聞かずに建物の中へ駆けだしてしまった。


「あっ、……行っちゃった。用事があるなら無理に呼んでくる必要もなかったんだけどなぁ……。まっ、いっか。他の子もよろしくね~」


 リィルは残った子供たちが元気よく返事をしたのに笑みを深めて頷いてから一歩下がった。入れ替わりでゼタさんは進みでて、王様から言葉を賜る騎士のように膝をついた。


「私はゼタ。空帝騎士団の末席を預からせていただいている。君たちと出逢えたこと、アーセムの導きに感謝を」


 爽やかでいながらキザという概念を濃縮してきった笑顔で、まるで何か宣誓でもするかのよう胸に手を当てているけど、これって自己紹介だからそんな格好つけても悶えるのはオロアちゃんがいたからそのまま続けて大丈夫だった。


「あ~、ゼタ様だ~。オロアちゃんがいつもお話ししてくれるから~、知ってるよ~」


「それは光栄だね。オロアとも仲良くしてくれているみたいで、姉として喜ばしい限りだよ。ありがとう」


 ゼタさんがウーちゃんの言葉に一層笑みを深めたのに、オロアちゃんの喜びも混迷を極めていった。


 しかしその摩訶不思議な舞踏は教育的に大変宜しくないような気がするが、彼女がそんなことを歯牙にかける筈もなく、それに以上に小さなワタシの口では止めるどころか捉えようもないのは仕方ないことなので、揺り籠の子供たちは決して振り向かずに歩んでいってください。


 ――知ってたかい? 輝く未来ってのは進んだ先にしかないんだぜ……。


「では、次はイディちゃんですね」


 ――進んだ先に希望の光があるとは限らねぇけどな!


 ついにこの瞬間がきてしまったことに心臓が一際高く鳴って、不正な脈が身体まで侵食してきたのに細動するワタシはドキドキが止まらないよ。


 でもこの震えはこの場にいる全員の視線を独り占めにしてしまっている自分自身への罪深さからくるものだから、まったく恐怖とかじゃないから。


 明度が上昇して物理的にも光りだしそうな子供たちの瞳に恐れをなしているとかそんな、光を恐れるなんて人間としてどうかしているからなまったく。


「大丈夫だよ、イディちゃん。襲われそうになったら私が守ってあげるから!」


(その危険は貴女にしか感じてないから大丈夫です)


 しかしこのまま足を竦ませている訳にもいかない。


 むしろ何に対してかは分からないが、期待やら好奇心やらで一刻ごとに増している光に飲まれて焼かれないためにも、早急に事態を進展させてしまった方がいいのは分かり切っている。


 そもそも、この場に辿り着いてしまった時点で流れは止めようもなく、行き着く先は決められているから、この場でどれだけ無様に足掻いて先延ばしにしても意味なんてないんだ。


 さあ覚悟を決めろ、ワタシ。進んでみなけりゃ、絶望か希望かも分かりはしないのだから。


「……ワタシは……あっ、深呼吸するの忘れてたんで五分待ってください」


「いいから早くなさい!」


 オロアちゃんからの叱責に肩と尻尾を跳ね上げたが、子供のおもちゃになる覚悟を決めようとしたことがない人にはワタシの心情なんて分からないだろうと泣き叫びそうになって、そもそも子供のおもちゃになる覚悟を決めるようとする人なんている筈がないからやっぱり泣き叫ぶのは心の中だけにしておいた。


 ――ワタシってば犬!


 なら仕方ないよね、犬はすべからくお子様たちのおもちゃになる運命だから。


 心の叫びから湧き上がってくる諦めに背中を押されて穏やかに口を開いた。


「ワタシは」


「リィルの姐さんが来てるってマジっすか!?」


 突如として響いた快活な声に、心の穏やかさはそのまま波一つ立たない鏡面のように凪いでいって、最早言葉なんてなかった。

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