27 ここがワタシの死に場所だぁ!
――おい、誰かワタシを殺せよ。
「ああ! そんな落ち込まないで。大丈夫ですよイディちゃん。
皆さん楽しそうにしてましたし、もう誰も彼もメロメロでした!
爆発的人気が沸騰するの間違いなしです。
きっとファンクラブだってできてますよ!」
「そうだよ! すっごい可愛かったよ! 『リィルぅ、ナデナデしてぇ~』」
「あっ、あ、ああ……あ゛ぁあああ!」
「ああもう、お姉ちゃん!」
「あっはっはっ」
もうお終いだ、一生笑い者なんだ。
そうだ、ここにワタシの墓を建てよう。そしてこう刻んでもらうんだ、『トイディ、ここに悶える』って。ふふ、なんで人は羞恥で死ねないんだろうなぁ。
抱き枕にした尻尾に顔を埋めながらステージの隅で丸まって、消えてしまわないかなぁ、と小さくなっているワタシをゼタさんが優しく揺すりながら追撃をしかけてきて、リィルがトドメを刺しにきた。
――相変らず見事な連携ですね、顔が熱くなりすぎて涙なんて蒸発しますわ。
観客の男女問わず、ワタシに目を向ける全ての存在に態とらしいにも程がある甘ったるい声で呼び掛け、頬を赤く染めながら視線を送り、際どいポーズをとって誘うように自分を見せつけてしまった。
そこで止まってくれていたら良かった、良かったのに……脱ぎだすなんてっ!
なんでか調子にのったワタシは肩紐の片方をゆっくりと滑らせるように下ろして、チロリと小さな舌をだして微笑んで、ストリップを始めようとしたところで二人が止めに入ってくれた。
――……もう少し早く止めてられたよね?
いや。色々と言いたいことはあるけど、この際、それは胸の奥に閉まっておく。例え笑いを堪えるのに必死になって変顔していたとしても、ワタシの社会的命の恩人だ。
そうとも、どんなにイラッとしても、恩人なんだ。
それなのに、ワタシは何が気に入らなかったのか駄々をこねる子供のようにむずかりだしたのだ。リィルの身体に鼻を擦りつけ、瀕死の雛鳥が親鳥を呼ぶさえずりのような、全てを相手に委ねるようなか細い声で、先程の台詞を吐き出し、潤んだ瞳で洋服を捲り上げてお腹を曝してしまったのだ。
そんなことをしてリィルが我慢しようとする筈もなく。
ステージの端の観客から見えない所に連れ込み、鼻息も荒くワタシに襲いかかろうとして、すぐ後ろに控えていたゼタさんに羽交い絞めにされたのだった。
あの時の欲望にぐずぐずに溶けきったリィルの顔と言ったら!
普段のワタシなら毛を逆立てながら及び腰にへつらっていただろうに、あの時のワタシはどうかしていたんだ、いや本当にどうにかしてたんだけどね。それにしたって洋服の裾を咥えて服従のポーズって、まあどっちにしても尻尾を振るのは変わらないのだけど。
ゼタさんも必死に止めようとしていたが、いかんせん膂力でリィルに敵う訳もなく。
背中にゼタさんを張り付けたまま、目を輝かせながら手で宙を掻き分けるようにして前進してくるリィルに、お菓子の前に美味しくいただかれそうになったところで、ようやく正気に戻り、今に至る。
もう絶望した。お腹を出して仰向けに寝転がり、千切れんばかりに尻尾を振っている自分に絶望した。
何が酷いって、全て覚えてるってとこですよ。
観客の熱気をそのまま形にしたみたいな視線も声も、その熱に浮かされたみたいに全身が火照っていく感覚も、会場の空気にワタシの全てが包み込みこまれて、尻尾の付け根からゾクゾクッと這い上がってきた、えも言われぬ感覚も……。
――ちょっと気持ち良かったとか思ってない! ないったらないんだ!
思い出しただけで、マグマのように煮え滾る羞恥が身体の中をぐるぐると渦巻いて、燃え上がっていないのが不思議なぐらい全身が熱くって仕方なくなる。
今ならSNSに一文字『あ』って投稿しただけで炎上する自信がある。全世界が焼(笑)死寸前だろうよ。
――自分に炎上芸人の才能があったなんてビックリだ……。
「笑ってください。その度にワタシの心は死んでいくんだ。そして燃え尽きて灰になろう……」
「そんな! 燃え尽きなくてもイディちゃんはすでに真っ白ですよ!」
「わ゛あ゛ぁああん!」
「ど、どうしたんですか?! しっかり、しっかりしてください! イディちゃーん!」
「無邪気って無慈悲ね」
そうか、ワタシはもう灰になってしまっていたんだ。ワタシはカス、ろくに炎上もできない不様な残りカス。真っ白な、灰。
それなのに全身が熱くて苦しいのはなんでなんだ。
攻撃は受けないんじゃなかったのか、ダメージの対象にならないんじゃなかったのか……。ワタシの心は今にも死にそうですよ、神様。
『ステージの上では未だにかぁっわいいイディちゃんによる喜劇が続行中だけど、そんなことは他所に二人の職人によるお菓子制作は着々と進行中だよ!
後、僕は謝らない!』
「謝って! そこは謝って!」
そもそもこんなことになったのは、リリゥさんが香(かぐわ)せた花束のような匂いが原因なのだ。
どうにも妖精族には自身の体臭に魔力を混ぜることで、それを嗅いだ相手を高揚させたり落ち着かせたりする魔法(正確に魔法ではないようだけど)が存在するらしい。
リリゥさんは緊張して固まってしまったワタシを鼓舞すると同時に、どうにかコメントを引き出そうとこの魔法を使用したらしいのだが、何故だか効き過ぎてしまったようでワタシは暴走してしまった、ということらしい。
(ホント謝って!? ワタシ、ナデナデされそうだった。犬の気持ちみたいにナデナデされそうだった! 犬の気持ちみたいにっ!)
しかし、ワタシがどんなに涙目になって床をバンバン叩きながら無言の抗議をしても、リリゥさんはまさに「てへぺろ」って具合の顔を一度だけワタシに向けただけで、後は何事もなかったみたいに着々と司会を進めていった。
「ほ、ほらっ! もうやってしまったものは変えようがないですし、イディちゃんが可愛いのも変えようがないんですから!」
「死体蹴りは止めてくれませんかっ!? 分かってますよっ、もうどうしようもないのは分かってるんだ! ……でも、もうちょっと泣かせてくれてもいいやん?」
「えっ? でも、そろそろお菓子が出来上がってきますよ?」
「慈悲はないのかっ!」
知ってた。ワタシがこうやってステージの上に突っ伏して現実逃避をしても、ガロンさんもイスゥさんも調理を止めることはないんだって。
ワタシがどんなに不様にいじけてみても、笑いの種にしかならなくて、このお祭り騒ぎが収まるにはどうやったってお菓子を食べて感想を言うしかないんだって。
でもさ、もう少し労わってくれたっていいじゃない。
――今のワタシは女の子ですよ?
「ほらほら、イディちゃんもそろそろ観念して解説席に戻ろ? もう二人ともお皿用意しだしてるから、席にいないとみんな困っちゃうよ、ね?」
そんなまるでワタシが悪いみたいな、そんな訳ある筈ないのに。
リィルが覗きこんできて、ちょっと困ったような顔でそう言ってくるけど、口の端が未だにヒクヒクと震えているのをワタシは見逃さなかった。
身体ごと二人に背を向けて、徹底抗戦の意志を示すように尻尾を抱えたまま体育座りに体制をなおした。どんな甘言を囁かれようと、ワタシはここを動く気はない!
というより、まだ羞恥の残り火が腹の底で燻ぶっているので、ホントもう少しだけ良いんで待ってください。
しかし、そんなワタシの心情など全て見透かした上で、リィルは容赦なくワタシを抱き上げてきた。
三角に立てた足の間に手を入れてきて、膝に引っかけるようにしてそのまま抱き上げられる。まるで段ボールか何かの荷物のようで、為す術なく運ばれていくワタシはさぞ滑稽に映ることだろう。
しかし、ワタシは屈しない。例え観客がまったく減っていないどころか、何故か増えているような状況で審査員席に置かれようとも、石のように固まったまま沈黙を貫き通してくれるわ!
『さてっ! ようやく審査員の三人も席に戻ってきてくれたところで、職人のお二人も盛り付けに移っていくぅ。計ったようなタイミングだぁ!
さてさて、闘技会もいよいよクライマックス! 後は審査を残すのみ! 審査員の三人にはステキなコメントを期待してますっ!
ちなみにコメントがない場合はもう一回使うから』
「鬼かよぉ!!!」
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