26 ハプニング・オン・ステージ


『やってまいりました、菓子職人闘技会! 解説は毎度賑やかし担当のリリゥがお送りしまーす!』


「「おぉおー!!!」」」


 ワタシとしては、永久にやってきてほしくなかった。


 瞬く間に組み上げられた噴水前の特設ステージの上を浮遊している体長十五センチ程の妖精族(フィーリィ)の彼だか彼女だかが、その体躯には似合わない大きな声を響かせた。おそらく魔法的な何かを使用しているのだろうけど、ワタシとしてはそれどころではないのだ。


 あれよあれよという間に運ばれて、ワタシの意見なんて聞かれるはずもなく。ステージ上に用意されたお子様用の高椅子に降ろされた頃には、完全な見世物になっていた。


 周りには平日の日中にも関わらず人だかりができており、リリゥさんの声に同調するように歓声をあげている。


 ――お仕事はどうされたんですかね、皆さま……。


 日本なら仕事中に「イベント行ってイイ汗流したわ」なんてイイ笑顔でいたら、上司に肩を叩かれて振り向きざまにクビを飛ばされるのは確実だ。


 いや本当に、どうなっているのか誰か説明してほしい、むしろワタシもそっちに回りたい。


 ダメですよね、知ってた。


『さて、毎度お馴染みの闘技会だけど、今回もルールは簡単! 壇上にいる審査員三名とこの場にいるみんなの清き一票によって勝敗が決まるよ! 

 今回はお菓子の審査だから、檀上の三名に代表で食べてもらって、みんなは彼女たちの評価を聞いて、より食べてみた~いって方に投票してね! 

 審査委員三名は責任重大だー!』


 はなから跳べないのが分かるような高いハードルを用意するって鬼畜が過ぎるだろ。世界はもっと幼女(ワタシ)に優しくなるべきですね、間違いない。


『それじゃ早速、審査員の紹介をしていくよ! 審査員ナンバー一番! 

 皆さんご存知、オールグ一の仕立て屋さん! でも最近おイタが過ぎて騎士団にしょっ引かれたって噂、それって本当? マグリィルさん!』


「はーい! みんな~、その節はご迷惑をお掛けしました! ごめんね~っ!」


「「「許すっ!!!」」」


 リィルが顔の前でパチンと両手を合わせながら、申し訳なさそうな笑顔で片目を閉じて謝ったのに間髪入れず、集団にいた男どもが合いの手で謝罪を受け入れた。


「んふふ、ありがとー! 今日は突然のことで上手くできるか分かんないけど、精一杯美味しさが伝わるようにするからー、よろしくぅ!」


 気合を乗せて突き上げられたリィルの拳に、男どもも同調して声を上げながら拳を上げて応えた。なんだかアイドルのステージに迷い込んだような気分になる。いやアイドルのステージとか行ったことないんですけどね、でもきっとこんな感じに違いない。


『男ってホントチョロいよね! さて、お次はこの人! 

 空帝騎士団(ルグ・アーセムリエ)のスーパールーキー! 今日もその紳士な振る舞いと魅惑のハスキーボイスでレディたちを蕩けさせる! ゼタ様!』


「「『キャ~~!!!』」」


 リリゥさんの紹介に応え、ゼタさんが立ち上って片手を上げるのと同時に女性たちから黄色い歓声が上がった。


 どれぐらい黄色いかというと、それを聞いた男どもが女生とゼタさんを見ながら酸っぱそうな顔をするぐらい、レモンみたいに真っ黄色だ。甘さゼロである。


 というかリリゥさんの声も混ざっている。解説なのに贔屓してるのが丸分かりだと思うんですが、いいんですかねこれは……。


「まず初めに今回の騒動に関してだが、皆リィル殿を許してあげて欲しい。彼女にも事情があったのだ。やってしまった事が消えることはないが、今後このような事は起こらないと、私の名を持って約束しよう」


「「『許しまぁす!』」」


 ここにリィルの罪は許された―。


 いや本当にチョロいな、貴方がた。


 というか、もう本当に場違いにも程があるだろ、ワタシ。


「ありがとう。私がここにいられるのも、心優しく美しい君たちのおかげだ。

 さて今闘技会だが、私に繊細な味の良し悪しが正確に判断できるとは思えないが、精一杯勤め上げ。公正な判断をすることを、ここに誓う」


 右手を心臓に重ねるように胸に当て、これ以上なく騎士然とした紳士な振る舞いで微笑んだゼタさんに、またも黄色い歓声があがり何人かの女性が興奮のあまり気絶したとこで、リリゥさんが解説を進めた。


『そしてそして~、トリを飾るのはこの子! 

 いつの間にこんなキレイ可愛い子がオールグに入り込んでいたんだっ!? でも結構目立つからみんなどっかで見てたりする、かく言う僕も見たことあります! 

 謎の美少女、イディちゃん!』


 名前を呼ばれるのと同時にそこにある全ての視線がワタシに注がれた。


 どの目も好奇心に光っていて、実際にそうなっている訳ではないけれど、意識とか感情なんかが飛んで襲いかかってくるようだった。猛獣の群れのど真ん中に投げだされた草食動物の気持ちってこんな感じなんだろうな……。


 なんとか身体を動かそうとしてみても、緊張のあまり指一本動かなくて、耳も尻尾も上を向いたまま固まってしまって、もう本当に帰りたい。


 ――知ってる? こういうのイジメって言うだぜ。


『んん~。どうやら、たくさんの人に囲まれて緊張しちゃってるみたいだね。じゃあ、一言だけ! ね? ちょっとだけでいいから!』


 そんな先っちょだけみたいに言われても、無理なものは無理なんで先に進んでくださいお願いします。


 しかし、どれだけ願いを込めてふるふると震えながら小さく首を振っても、リリゥさんは満面の笑みのままキスされるんじゃないかってぐらい詰め寄ってきた。


 小さな体躯の向こうで色も形もとりどりの花びらが重なって作られたような翅が、風に遊ばれるようにふわりと揺れた。

 それと同時にどこからともなく心地良い匂いに香ってきて、花束に顔を埋めた時のような華やかでいて落ち着くような空気に包まれると、それまで煮え滾っていた緊張がスーッと火から下ろした水みたいに静まっていった。


 急なことに目を丸くして呆けていると、他の観客に聞こえないように声を潜めてリリゥさんが話しかけてきた。


「どう? 落ち着いた?」


「えっ? あっ、はい」


「よかった。じゃ、『頑張ります』だけでいいから言っちゃお?」


「は、はい!」


 リリゥさんに優しく促さるまま頷き、なんだか今なら何でもできそうな気分になってきて、と言うかどういう訳か楽しくって仕方なくなってきた。


 ワクワクした気分が胸の奥からどんどん溢れてきて、今にも走り回って跳び回りたいって、もうこれは止まらねぇなぁ!


「はぁ~い! 可愛く可憐なイディちゃんだよぉ! 今日はみんなにたぁっくさん美味しそうを届けるから、ワタシのことも覚えて帰ってねっ」


 ブリッ子全開、小型犬のあざとさ一〇〇%で、尻尾の回転率もフルスロットルに振りしきる。


「あちゃー、効き過ぎちゃったか~」


 リリゥさんが何やら額に手を当てながら空を仰いで呻いているが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 ワタシの可愛さを、ワタシの愛おしさを、ワタシの幼気(いたいけ)さを、余すことなくこの場にいる全員に知らしめてやるのだ!


「「「……かっわいいー!!!」」」


 呆気にとられていた観客たちがようやく事態の把握が済んで、ワタシの呼びかけに追いついてきた。


 ここはもうワタシのステージだ。


 全てがワタシ色に染め抜かれるまで、媚びまくってやる。今のワタシを止められる存在は、いなぁい!


「え~、ホント? も一回言って?」


「「「可愛いよ! イディちゃ~ん!」」」


「うれし~!!!」


 ――今のワタシは無敵だぁ!

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