第26話 スキルブレイカー

 少女に向けて振り下ろした剣を受け止められた、口ひげを生やした敵の大将は、怒りを露わにしてカルバスを睨み付け――


「ふざけるなキサマァァァ! ただの旅人がワシの剣を受け止められるかぁぁぁ――! それにお前の妹も怪しすぎるぞぉぉぉ!」

「な……なぜ私が怪しいと……?」

「ただの娘が両手に剣など構えるものかぁぁぁ!」


 確かに、カリンは懐に収まるほどの小刀を両手に構えている。

 エンジ色の服を着て、村娘に偽装しているので、違和感が半端ない。


「そういうもの……なのだろうか……?」


 カリンは自分の姿を観察して、首をかしげた。


「しかしそんなことはどうでも良い。なぜ通りすがりのキサマらがしゃしゃり出てくるのだ? ワシら役人は罪人の調査と処分を国王の命により執り行っているところだ。邪魔立てすると王国を敵に回すことになるのだぞ!」


「拙者らが王国の敵に回ることはやぶさかではないでござるが……この者達が一体何の罪を犯したというのだ?」


「魔族との闇取引であぁぁぁーる!」


「――――ッ!」


 このとき、僕の頭の中ですべてが合点した。

 この村は魔族と長年持ちつ持たれつの関係を続けてきた。その闇取引が王国の中枢部の知ることとなり、国王の命により役人がやってきたということか!


「魔族との取引に荷担する者は全員抹殺せよとの命を受け、我ら王立憲兵隊委嘱第九部隊が任務を遂行しているところだ。すぐに剣を収めこの場から立ち去れーい!」


「もとより拙者はそのつもりなのだが、全員抹殺とは罪のない女子おみなごごをも含めてのことなれば、見過ごすわけにはゆかぬ!」

「女子に優しいお兄様も素敵です!」


「ならば――キサマも共に抹殺してやる! かかれぇぇぇ――!」


 敵将の号令により、槍を構えた兵士が一斉にカルバスをめがけて突き刺しに掛かる。

 カルバスは抜群の跳躍力で上空にジャンプ――ガチャリと槍同士がぶつかり合う。 

 一方、カリンはピノの姉の身体を抱えて地面を転がるようにその混乱から脱出し、すぐさま少女を抱きかかえ、僕らのところへ連れてくる。

 その入れ替わりに三日月型の剣を両手に持ったアリシアが突進する。


 カルバスとアリシアは槍や剣を構えた兵士を次々に仕留めていく。

 肩から斜め斬り、首筋を切り裂く、足を切り落とす。


 カリンも加わり、3人の魔人は50人規模の人間の兵士を混乱の坩堝るつぼに陥れている。

 口ひげの敵将の怒声、女の悲鳴と子供の泣き声、斬られた兵士の断末魔――

 それらが混じり合い、草むら広場は戦場と化した。


 風向きが変わり、家々が焼けるきな臭い匂いと、血液の生臭さが鼻につく。

 村の男たちは女子供のところへ向かい、みな互いの身を案じ小さく固まっている。

 時折、そこへ兵士がやってきて村人を斬り付けていく。


 アリシアは――


 長剣を振りながらただ怒鳴り散らしているだけの口ひげの敵将を睨み付け、槍の兵士の肩に足をかけハイジャンプ! 身体を鋭いドリルのように回転させ、敵将へ向けて斬り込む。敵将を仕留めれば兵士の士気が下がることを狙っているのだろう。


 しかし――


 敵将の見開かれた目の直前で三日月型の片手剣が止められる。


 止めたのは炎の剣――


「そいつは消されちゃ困るんだぁーよね!」


 勇者エンカルのもつ杖から吹き出した炎が硬い剣のように形成されている。


「ゆ、勇者エンカル、今までどこにいたのだ?」

「あー、わりいわりい、ちょっとションベンに行っていたのだが……どうしてこんな状況になっているのぉーだぁー?」


 口ひげ敵将と勇者エンカルが呑気に会話している間にも、アリシアは炎の剣を押し返したり捻ったりして対処しようとするが、圧倒的な腕力の差で太刀打ちできないでいる。

「アリシアお嬢様――!」

 カルバスの声でアリシアの状況に気付いたカリンが、相手にしていた槍の兵士を股間から胸にむけて小刀で切り裂き、勇者エンカルの背後から迫っていく。


「がはッ――――!」


 勇者エンカルは振り向きもせずに左裏拳でカリンの顔を攻撃。勢いよく飛びかかっていたカリンは空中に投げ上げられるように放物線を描き草むらに倒れた。


「カリン!!」


 一足遅れてカルバスが勇者エンカルの頭上から剣を突き立てて迫る。

 アリシアはその瞬間、ぱっと後退してちょんちょんと3歩距離をとる。

 エンカルの炎の剣はカルバスの剣を軽くいなしてしまう。それを予測していたようにアリシアが身体をドリルのように回転させてエンカルに迫り、腹、胸、首筋を狙って切りつける。しかし、それをことごとく炎の剣が弾き返していく。

 着地したアリシアは息が乱れ、その隙を狙って槍や剣を構えた兵士が襲いかかる。

 カリンを庇うカルバスも動きの制約により苦戦している。


 その様子を見た口ひげの敵将は口の端を上げ――


「さあ、勇者エンカル様、今のうちに村人ごと村を焼き払うのです! さすれば我が隊の戦死者もうかばれ、ワシの面目も潰れなくてすむのです!」


「なにぃー? そんなことやっちゃっていいのおよぉー? くっくっく……久しぶりの力の解放に右腕が疼くぜぇぇぇ――!!」


 勇者エンカルは右手に杖を持ち、天高く突き上げる――




 僕には何ができる?



 僕は何をすればいい?



 僕は――――



「そんなこと考えるまでもないげろがよ――」


 いつの間にかカエルのルシェが僕の足下にいた。


「ユーキ、お前の胸にあるアリシアの角の欠片は何のためにあるげろよ? 魔族の救世主になるためげろ? それを今使わずにいつ使うげろよ!」


 そうか、アリシアとカルバス、そしてカリンがピンチに陥っている今こそ――


 僕は首に下げたペンダントを強く握りしめる。


「ユーキよ選べ! お前は何を望むげろか?」 



 僕は――



「アリシアの力の回復を!」


 その瞬間、目の前に広がる透明なスクリーンに映像が浮かび上がるように白い文字が出現する。


「さあ、勇者エンカル様、やっちゃってください!」

「しゃーねーなぁー、んじゃ、この世の悪を焼き尽くす聖なる業火、今解き放たれよ!エレメントファイヤァァァ――――!」


 村人達に向けて炎の剣が音を立てて伸びていき、村人の半数が一瞬のうちに燃えていった。

 生き残った村人は悲鳴を上げ散っていく。そんな彼らを容赦なく兵士たちが斬り付けていく。


「――っく! 何てことを……」


 アリシアは人間たちの凄惨な光景を嫌悪感を帯びた表情で見ていた。

 しかし、次の瞬間、体中に力がみなぎるような感覚にとらわれ――


 アリシアは次の瞬間、口ひげ敵将の首を切り落とした。


「はあーっ!? 貴様なにをやってくれたんだぁー? そいつの首が飛んじまったら魔王城を攻めるときの捨て駒がなくなっちまったじゃねーかぁー!」


 勇者エンカルは村人たちを襲った炎の剣を伸ばした状態のまま、アリシアに向けて剣を振り下ろす。

 アリシアは斜め上空に避けたが、炎の剣は地面の草を焼き尽くし、その延長線上にいた仲間であるはずの兵士を巻き添えにした。

 その後もアリシアを狙った攻撃が繰り返され、その度に犠牲者が増えていく。


「狂っていやがる……」

「さあ、ユーキ。次の選択げろよ。次は何を望むげろ?」

「あいつのチートスキルを――滅する!」


 僕はペンダントを握る。


 しかし何も現れない。


「スキルブレイカーは相手の体やアイテムに直接触れないと発動しないげろよ」

「そ、そうなの?」

「そうなのげろよぉ……」


 僕らはアリシアと勇者エンカルの壮絶な戦いの様子を見ながら生唾を飲み込む。


「ユーキちゃま! フォクスもおてちゅだいするです!」


 ふと彼女を見ると、元の獣耳姿に戻って顔を真っ赤に膨らませている。


「よし、頼むぞフォクス――」


 アリシアと勇者エンカルは、フォクスの口から吹き出された炎に一瞬動きが止まった。そのタイミングで僕は走り出し――


「アリシア、カルバス、カリン! 一瞬でいい! そいつの動きを止めてくれ――!」


「え!?」

「動きを」

「止める?」


 倒れていたカリンが飛びついて足にしがみつく。

 カルバスが懐から小さなナイフを出して投げつける。

 アリシアが頭上からドリルのように回転して攻め込む。


 僕はフォクスの吐く炎から飛び出し――


 勇者エンカルの持つ杖に手を伸ばす――


「えっ――――!?」


 勇者エンカルは炎が消えたただの茶色い棒を見つめ、目を丸くした。


 僕は――


 エンカルに殴りかかる。

 しかし腕力では彼に敵うはずもなく、すぐに何発もも殴り返されてしまう。

 でも、もう一発殴るまで気を失う訳にはいかない。

 僕はゆらりと立ち上がり、右腕を伸ばすも――力尽き前に倒れ込む。

 地面に顔が付く寸前に誰かに受け止められた。


「もう終わり……ですよ。お兄様が……仕留めてくださいましたから……ユーキ様……」


 目の周りと鼻の打撃痕が生々しいカリンが僕を抱き止めてくれていた。彼女の見つめる先に、エンカルの胸に剣を突き立てたカルバスの姿があった。


 リーダーと勇者を失った残りの兵士達は、やがて村から退却し、広場には大量の死体だけが残されていた―― 

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