夢で出会った君は今

水原緋色

第1話

 滑らかな鱗に覆われた大きな背にしがみつき、谷を飛び回る。風を切る音や頰を撫でる感触がやけにリアルだった。



 背の高い木の上に建つ家はそれぞれ橋でつながっている。その木々の間をドラゴンがいつも自由に飛んでいた。

 その中でも一際大きな長老の家。

 6歳ほどのボクは同じような歳の子供たち10人ほどとともに長老の向かい側に座っていた。ボクらと長老の間にはギリギリ両の手で抱えられるほどの卵が3つ。

 ボクらはその卵を呼吸を忘れてしまうほど見つめる。ドラゴンに選ばれるかどうか、人生最大の分岐点といっても過言ではない。幼いながらにボクらはそのことをよぉく理解していた。

 1つがピキリッと割れ始め、歓声をあげそうになる子供たちを長老が手で制す。

 すると他の2つも次々と割れ始め、三体のドラゴンが姿を現した。

 ボクはその中の、気持ちよく晴れた日の空のように澄んだ水色のドラゴンに目を奪われ、周りの音や景色が遠くなった。

『あぁ、この子だ』

 一目でそう感じた。

 そのドラゴンはボクの方を見ると、なんら迷うことなく、歩を進め目の前で止まる。

「汝、古より我と契約せし者。汝、今世において我と契約を望むか? 」

「我、古より汝と契約せし者。我、今世において汝と契約を望む」

ドラゴンが嬉しそうに頷いた気がした。

「汝の名は––––」



 12歳ぐらいのボクは長老の家から飛び出す。悪戯っぽい笑みを浮かべ、柵を蹴り空中に身体を放り出す。両手と両足を大の字に広げ、落下する。するとどこからかドラゴンが現れ、ボクをその背に乗せた。

 遠くで長老の怒鳴り声が聞こえたが気にしない。

「今度は何をしたんだ? 」

「特に何もしてないよ〜」

「また魔法を使ったのだろう」

「少しさ。ほんの少し。長老は『死んでもいいのか』って怒ってたけど」

ケラケラと笑うボクに、困ったやつだと言いたげにため息をついた。



 随分と時間が経っているのに、未だに忘れることのできない夢。忘れたいとも思わない。どこか懐かしく、それでいて少し切ない。そんな夢。

 クラスメイトに話しかけられ、現実に戻ってくる。

「転校生が来るんだって」

クラスはその話で持ちきりらしく、どこからともなく『転校生』というワードが聞こえてくる。

「しかも、イケメン!! 背も高いらしいよー」

 ちなみにボクの前でキャーキャーと勝手に話を進めているこのクラスメイトは彼氏がいる。そのことを言うと「イケメンは目の保養。遠くから眺めるだけで十分なの。彼氏とは別よ、別」だそうだ。気づかれないようにため息をつく。朝から騒がしくされては疲れてしまう。もとより1人の方が気が楽で、好んで1人でいるような人間だから、理解してほしい。

 チャイムがなり、担任が噂の転校生を連れて教室に入ってくる。ボクは窓際の席からチラリと盗み見るように転校生を視界に収める。目が離せなくなった。何故かはわからない。強く惹かれた。

「ガラクシア」

聞いたこともない言葉がポツリとボクの口から零れ落ちた。

天野空あまのそらです。よろしくお願いします」

 担任に促され、彼は自己紹介をする。我に帰り、頭を振る。何処からか込み上げてきた、重くのしかかるような感情を押し込め空を見上げた。

 転校生が来てから一週間ほど、ボクの後ろにある転校生の席の周りには休み時間のたびに人が訪れていた。

 穏やかで静かな日常が侵食され、このところ調子があまりよろしくない。放課後であるというのに、今日もまた転校生の周りに人が集まる。ため息を噛み殺し逃げるようにその場を離れた。

 校舎の陰に木々に囲まれたベンチが1つだけある。誰も知らないのかそこを訪れる人はいない。なのに何故だか転校生がやってきた。

「ユナ」

初対面のはずだ。なのに何故、こうも堂々とボクの名前を呼ぶのだろうか。その疑問はすぐに霧散した。

 まるで濁流に飲み込まれるかのようだ。もしくは洗濯機の中に放り込まれたよう。身に覚えはない、けれど確かにそれはボクの記憶だった。頭がグラグラした。




「ガラクシア。大空を統べる者のことをボクらの間ではそんな風に呼ぶ。きっとそんな風になる。だからお前の名は、ガラクシアだ」

 初めて出会った時の記憶。森の中、怪我をしたボクを村まで運んでくれた。



「戦争だってさ。ドラゴン使いはみんな行かなきゃいけないらしい。迷惑な話だな、全く」

ガラクシアにもたれかかり、愚痴をこぼす。彼は何も言わず、ただ鬱陶しげに身震いをした。


 戦場を離れ村へ帰る。勝手な行動は許されないなんて言うが、ほとんどのドラゴン使いは国を見捨てて各々の村へ帰っているだろう。

「生きていたか!! 」

 長老は目に涙をためてボクを迎え入れる。ここにいるのはボクを含め5人。みんな負傷しており、無傷はボクだけのようだ。30人ほどいたはずだが、長老の様子からするに皆死んでしまったのだろう。しばらく戦況について長老に話しているとガラクシアの声が村中に響いた。

「敵襲、敵襲」

 怪我をしている4人には村を守るように言い、ボクは長老の家を飛び出す。ガラクシアの背に乗り、木々を抜ける。空には飛行機。地上には戦車が数十と並んでいた。

「はっはっはっー。もう笑うしかないね、これ。死んでも守るよ、ガラクシア」

村全体を結界で覆う。これでいかなる攻撃も当たらないはずだ。

「おい、ユナ。何を……!? 」

気にせずボクは呪文をつぶやく。

「聖なる剣よ、聖なる水流よ、聖なる雷よ。今、我の魔力をもって、顕現せよ」

飛行機と戦車と同じ数だけ巨大な剣が現れ、それぞれを貫く。そして洪水のようにどこからともなく水が流れ、続けざまに雷が何度も落ちる。機体は壊れ、人々の断末魔が聞こえた。

「ありがとう、ガラクシア」


 そこで記憶は途絶えた。


「あ、起きた。大丈夫? 」

 ゆっくりと起き上がり、周りを見回す。さっきまで自分が何をしていたのか思い出せない。ここが保健室であるということだけは、何度かお世話になったので理解できる。

「はい、お茶。とりあえず飲みな」

声の主の顔を見た途端、涙が溢れた。胸が痛い。苦しい。嬉しい。色んな感情が溢れ涙となる。

「……ガラクシア」

気づいたらそう呟いていた。彼は嬉しそうに優しく笑みを浮かべ、ボクを抱きしめた。

 10分ほどして、落ち着き彼––ソラと記憶を照らし合わせる。

「ずっと探してたんだ。俺が何度生まれ変わっても、ユナはいない。確かに魂の気配は感じられたのに、どこにもいないから。そしたら、ここにたどり着いた」

こんなこと言ってはなんだが、執念深いというか、諦めが悪いというか……少し怖い。それでも大切に思われていたことが嬉しいのだからボクも大概だ。

「あんな風な不本意な別れは初めてだったからね。次は死ぬまで一緒にいようって決めてたんだ」

「ドラゴンと人と違って、この世界で一生一緒にいるっていうなら、結婚するしかないよ? 」

冗談めかした言葉に大真面目に「うん、だからそうしようと思ってる」なんていうものだから、ボクは慌てて待ったをかける。ソラは不満げに首をかしげるだけで、本当に『結婚』の意味がわかっているのか不安になる。

「ボクはこんなだし、他に可愛い子いっぱいいるでしょ」

「どれだけユナと一緒にいたとおもってるの。その言葉遣いも、行動も、今更でしょ。それに、前世がどうとか関係なくユナのこと好きだから問題ない」

サラッと爆弾発言をするものだからボクの頭が理解に追いつかない。

「幼稚園くらいの時にね、俺が怪我してたところを助けてくれたんだ。その時一目惚れした」

最初と逆だな、なんて悪戯っぽく笑うその顔に、不覚にもトキメキを感じてしまった。




「うん、やっぱり似合ってる」

 タキシードに身を包んだソラは満足げにそう笑う。

「ねぇ、ユナ。俺たちの過去とか話したら信じてくれるかな? 」

「絶対やめて。変な人って思われる。……それに2人の秘密のままでいいでしょ」

プイと顔を背けば、クスクスと笑い「変わってない」と呟いた。

「でも、子供ができたら、教えてもいいでしょ? 」

手の甲にキスを落とし、ソラは優しく笑う。


「今世でも、来世でも、ずっと一緒にいようね」

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夢で出会った君は今 水原緋色 @hiro_mizuhara

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