カミサマもそんなに暇じゃない
篠岡遼佳
君が死んでいく
突然だが、俺にはあるものが見える。
幽霊や、心霊現象の類ではない。もちろん魔法でもない。
なんだ、その、いわゆる、「赤い糸」というものが見えるのだ。
だが、それだけならよくある話だろう。自分の小指の先を見て、いまだに繋がる相手がいなくてがっかりする程度だ。
俺にはもう一つ見えてしまうものがある。
どんな人の頭の上にも見える、膨大な桁数の数字。
おそらく俺は、人の寿命も見える。
あまりにも桁数が多いので、いつもはその数字を見ないようにしている。
というか、桁数が多いので、正直ぱっと見ただけではなにを意味しているか、わからない。
数秒で減っているということはないけど、増えているところも見たことがないから、やはり何らかのカウントダウンであることは確実だ。
「ふーん、頭の上に数字が見えたらどうするって?」
彼女は俺の話に興味を持ってくれたようだ。彼女は椅子ごと振り返って、俺の机に肘をついた。
「なんていうか、カウントダウンしてる数字。なんだと思う?」
「えー、そうだな、普通だったら寿命とか? じゃなければ、もっと制限されるもの……これからどのくらい健康で過ごせるかとか、どのくらい話が出来るかとか……? あんまり趣味がよくないなぁ」
彼女のさらさらの髪が、首を傾げた拍子に俺の机に触れる。
それだけでどぎまぎしてしまいそうな俺を、俺自身がなんとかいさめる。
このことも簡潔に言ってしまうと、俺はこの、前の席の彼女が好きなのだ。
頭がよくて、性格もからっとしている。よく笑うかわいらしい子。
タイプだったのだ。仕方がないだろう。
そんな彼女だったら、頭上の数字についても何か考えるかもしれないと思ったが、カウントダウンとなると、やはり限定されてしまうようだ。
俺は誰とも繋がっていない、ただよう小指の赤い糸を見ながら、ぼんやりとカーテンの向こうの景色を見る。
――俺は常に死にいくものを目にしながら生活している。
すべての人がそうであるように、俺の頭の上の数字も、もし見えないとしても、毎日どんどんと減っているのだ。
でも、だからって、これはないと思う。
「おはよー」
「!! おは……よう……」
今日の彼女の頭の上の数字が、急に100を切ってるなんて。
そんな話は聞いてない、神様は不条理だ。
どうしてそうなってしまうんだ? 腹立たしさと落ち着かない気持ちのまま授業を受ける。
彼女のふわふわとただよう赤い糸だって、誰とも結ばれていない。それなのに、昼食を前にしてもう彼女の数字は50を切っている。
どうすればいい? 彼女はここで心不全でも起こして死んでしまうのか?
数字が不規則にカウントダウンする度、まるで君が死んでいくようだ。
どうすれば……どうすれば……?
「おひるたべよーよ。この間貸してもらったCDのお返し。私ベストを作ってみました~」
そうこうしていると、彼女はいつものように、俺の方を向いて、弁当を広げてきた。CDも渡してきて、自分の好きな曲を解説してくれる。
そのあいだにも、カウントはどんどん減っていく。
むしろ、彼女が振り返ってから速度を上げているようにも見える。
俺はどうしていいかわからず、とにかく彼女の話を聞く。
この曲は、自分がピアノでも弾ける曲だから、今度音楽室でピアノを借りようとか、この曲は俺が教えたゲームの曲に触発されて探し出した曲だとか。
今日の弁当も自分で作ってみたんだけれど、彩りはどうだろうかとか、唐揚げを食べてみて欲しいとか、いつも俺はコンビニのパンだけだけど、それじゃ栄養が偏るとか、そんなようないつもの話だ。
いけないとはわかっていても、彼女の話にただ相づちを打つだけになってしまう。
カウントダウンが速度を上げていく。12、11、10、9……。
どうしたらいいんだ? ADEでも準備すればいいのか? でもこれはどっかの神様によって決められているものだ。俺がどうこうできるわけがないじゃないか。
俺は頭を抱えそうになった。昼飯も手につかない。
とにかく彼女を助けたい。
俺はただ必死で、思わず彼女の手を取った。
「えっ、なに、どうしたの、え、えと?」
残りあと、4、3、2、1、
「――……ね、ねぇ、今度お弁当作ってきたら、食べてくれる?」
――なんだって?
「私、君の選んでくれる本も曲も、好きだから、……ごはんも、作ってあげたい」
――0。
と同時に、しゅるしゅると誰にも聞こえない音を立てて、俺の赤い糸が真っ直ぐに伸び、もう一つの赤い糸と結ばれた。
彼女の左の小指の、ただよっていた赤い糸に。
気付けば彼女の頭の上の数字は、ゆっくりカウントアップをはじめている。
1、2、3、4、5……。
その規則正しさは、まるで時計のようだ。
秒針が、進み始めた。
……こんな話は、聞いてない。
「どうしたの? えっと、手を、どうしようか? みんな見てるよ……?」
彼女は頬を染めて、それでも柔らかく笑った。
その笑顔に、また俺は赤くなりそうになって、
――そうか、と俺は思いつく。
あの数字は、「赤い糸にまつわる時間」を示していたのだ。
そう、趣味の悪い神さまはいなかった。
そもそもそんなに暇じゃないのだ。
わざわざ赤い糸以外の能力を授けるわけもなかったのだ。
目に見える、一秒ごとのカウントアップが、握った手の先の、彼女の鼓動のように聞こえてくる。
俺はその数字を、見て、心に決めた。
本当は、俺の見るカウントアップさえ、死へと向かう時間の経過を表すとしても。
彼女との時間を、できる限り愛情を込めて過ごしていこう。
赤い糸と、目の前のその手を、ずっと長くつなげるように。
カミサマもそんなに暇じゃない 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
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