ゴシップ~私はクラスの文春砲~
大黒 歴史
第1話 仕返し
「許せない。」
クラスの女子が集まったその中心で、目を真っ赤にしているのは
「どうしたの?」
「春香、水野に二股かけられてたんだって。」
「え!春香、水野と付き合ってたの!?」
「そこから…?」
輪の一部となっていた友達が、細かく丁寧に教えてくれた。要するに春香は、水野に二股をかけられた挙句、振られたのだ。それで腹の虫がおさまらないらしい。
「確かにさあ、あいつなんか最近調子乗ってるよね。」
何気なく発された言葉は、春香を慰めようとするつもりだったのかもしれない。それが春香の気持ちに、予想もしない形で火をつけることになるとは思いもしなかっただろう。
「やっぱりそう思う!?」
慰めの言葉を発した女子は見えない何かに強いられるようにして、首を縦に振った。
「もう、ほんとに許さない。」
目の充血は少しずつおさまっていった。それにつれて、バラバラにされた感情が少しずつ固まりはじめる。重みのあるそれは徐々に先をとがらせ、静かに凶器へと変わっていくのが分かった。
「仕返ししてやる。」
あの日から私達の間では、水野の気に入らないところを見つけては春香の周りに集まり、ひそひそ話をするのが流行りだした。
明るい茶色で染められた長い髪は常に整髪料で塗り固められていて、いかにもちゃらちゃらとしている。色白の華奢な体で背も高くなく、とてもイケメンとは言えない薄い顔。うちの男子の制服はいわゆる学ランで、その下に白のワイシャツを着るのが校則なのだが、水野はいつも派手な色のTシャツを着ている。
だいたい朝は遅れて登校し、定期的に反省文を書かされる。部活には入っていない。宿題をやってきたところを見たことはなく、まじめに授業を聞いている様子もない。
むしろ授業中には的外れな発言をして、教室の集中力をそいでしまうことが多い。
「……という作品でした。これ、読むだけで終わったらただの読書だからね。まずは、どういうことを意図して、何が書かれていたのかを理解すること。それから自分がどう思ったか、それに対して何を考えたのか。これを自分の言葉でまとめて伝えられるようになることが、国語の授業の目的だからな。」
国語の先生は新しい単元に入るごとに、毎回同じ定型句をつらつらと並べている。
「さて、せっかくなので一番最初に読んだ印象を聞いておこうか。そしたら…、」
細くした目で品定めをするように、こちらを見まわす。
「…お!水野!今日はしっかり起きてるじゃないか。せっかくだから聞いてみようかな。」
名指しされても反応がうすい。体はたしかに起こしているが、頭が起きているのかは定かではない。先生は水野の席の近くまで歩いた。
「読んでみて、どう思った?」
「うーん…。難しいな。」
周りの生徒はそのやり取りを見て、くすくす笑っている。
「なんでもいいから。自由に言ってごらん。」
しばらく頭が左右に揺られ、小さなうなり声が続いた後に一言でまとめた。
「…お腹すいた。」
蜂の巣をつついたように笑い声が上がった。一度そうなってしまうと、元の授業に戻るには時間がかかる。
「そうじゃねえだろ…。」
先生は抱え込むようにして頭を掻いた。
「もっとこう、ああいうことを言ってるんじゃないか、とかさ…。」
少しだけむっとした表情になり、先生は教壇にいそいそと戻っていく。水野は、先生からもあまり好かれてはいなかった。
水野はいつも女子とぺらぺら話していた。春香の二股話がすっと入ってきたのには、そういう背景があったからかもしれない。見た目だけにとどまらず、チャラ男を地で行くそんな彼に対して、男子からも冷ややかな目が注がれることさえある。
私ももともと好きではなかった。
自分勝手な行動に走るところや、地に足をついている様子が全くなくふわふわとしているところ。チャラチャラとした軽い感じに、少なからぬ嫌悪感を抱いていた。
だからこそ今回の“仕返し”は、私にとっても心地よいところがあったというのは嘘ではない。しかし、あからさまな陰口をはじめとする方法での“仕返し”は、鈍感な水野にあまり響いていない様子だった。
「あいつ、ほんとムカつく!」
自然と“仕返し”はエスカレートしていった。
「あんた、あいつと帰り道同じ方向だよね。」
「え、わたし?あー、まあ途中まではそうかも。」
面白いもので察しの悪い私でも、その後に何を言われるのか分かってしまうときがある。このときも既に、白羽の矢が立ってしまったことに気づいていた。
「特ダネ、頼んだよ。」
言葉少なにポンと肩をたたかれた。その瞬間、私はゴシップ調査官に任命されたのだった。
私が収集した水野のゴシップをもとに、春香を中心とする本部が“仕返し”の企画を立案し、実行する。
私は水野と帰る方向が同じだった。要するにそれは、水野を尾行しろ、という本部からの暗黙の通達だった。面倒くさいと思う気持ちが真っ先に襲ったのは言うまでもないが、それだけでなく使命感のようなものが芽生えていたことも確かではあった。
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