3話 現実への干渉

01.南雲と雨宮

 南雲は霊障センター3階、301号室を訪れていた。というのも、午後からは一人で仕事なのでミソギの見舞いに来たのだ。

 なお、トキも誘ったが頑なに拒否されてしまった。あれは多分、本能的な恐怖を覚えた拒否反応であったと思われる。彼の同期達は「センターが嫌いだから足を運ばない」と、トキの事をそう称していたが恐らくは違う。

 彼は意外にも仲間内で起こった事故を見据える度胸が無いのだろう。不器用な彼なりの、心の整理方法なのかもしれない。


 ともあれ、そんなわけで一人で病室へやって来た南雲は、いつも一緒に叫んでは逃げ回っている先輩の顔を見下ろす。顔色はあまり良くない。呼吸をしていなければ、まるで死体のようだと物騒な考えが脳裏を一瞬だけ過ぎる。

 仲良しの先輩が寝込んでいようが、通常業務が無くなる訳では無い。現在はその通常業務にも追われつつ、手掛かりを探している状況だ。


 昨日は何も進展しなかった。というのも、相楽も氷雨にも会えず1日を無為に過ごしてしまったからだ。組合長である相楽からの通達は通常業務をこなせの一点のみで、ミソギに関しては触れて来なかった。水面下で動いているのか、単純に手が減るので何か動きがあるまでは勝手な捜索をするなと言いたいのか。

 切羽詰まっているらしく、詳しい事情が通達されていない。どうやら組合内は混乱を極めているようだ。


 ――昨日はトキ先輩もボンヤリしてたしな……。

 近年まれに見るボンヤリっぷりだった。前方不注意は当然、突然いないはずのミソギの名前をうっかりで呼んだりと、まるで別人のようだった。


「先輩……。俺、きっと解決策を見つけてみせますからね……!」


 何となく静かないつものメンバーを元の状態に戻す。その為なら、徹夜の1日や2日くらい我慢する腹積もりだ。


 静かに決意を固めたその瞬間だった。病室のドアが無遠慮にガラッと開けられたのは。驚いて跳ね上がるように振り返る。目が合ったその人は少しだけ驚いた顔をすると、次の瞬間には作り物みたいに綺麗な笑みを浮かべた。


「やあ、南雲。ミソギのお見舞いに来ているのかな?」


 ――ミソギやトキの同期、雨宮。

 ついこの間までベッド生活を送っていた彼女のことを、南雲はよく知らない。ミソギ達がたまにする彼女の話の中で、演劇部であった事と同期の中では姉か何かのようなポジションであった事を薄らボンヤリ知っているだけだ。

 なので、ついついリアクションに困ってしまい間の抜けた声を上げる。何より、彼女の明らかに腹に一物抱えていそうな空気は思わず身構えてしまいそうな何かがある。


「なに、その反応。けれど、そういえば私達はあまり顔を合わせて話をした事が無いね。ミソギとトキがいつも世話になっているみたいだけれど」

「いや、世話になってるのは俺の方っすね」

「君の事はそれなりに知っているよ。トキが、ミソギ以外でよく呼ぶ名前だね。コミュニケーション能力が高い事が推測出来るよ」

「あ、そうなんすか」


 トキに話題として話をして貰えるのは光栄だ。少なくとも、彼の視界に自分はちゃんと入っているという事の証明になる。


「君、犬みたいだってトキが言っていたよ。見た目はニワトリみたいなのにね」

「それは髪型の事を言ってるんだったらリアルファイト不可避っすよ」

「冗談さ」


 そう言った雨宮は勝手に持って来た丸椅子に腰掛けた。何度か来ているのだろうか。まるで自宅にでも居るかのような寛ぎっぷりだ。そんな彼女は何を思ったか、部屋の隅からパイプ椅子を持って来てあっさり組み立てる。


「君も突っ立ってないで座ったら? それとも、もう出るところだったのかな?」

「いや……。というか、アンタそれ、何を手に持ってるんすか」

「何って。花だよ、見舞いに来たんだから当然さ」


 一輪挿しにするつもりなのだろうか。雨宮の手には白い花が一輪だけ握られている。確かに見舞いの必需品ではあるが、それがどうしても納得出来なかった。


「そんなに長く、先輩が入院するみたいな言い方止めて欲しいんすけど。まるで一時退院出来ないみたいじゃん」

「別に私だって長期入院になると思って花を持って来た訳じゃないよ。ただ、センターの看護婦さん達から聞いたのだけれど、ミソギは私の入院中に何度も花を持ってきていたらしいから。だから私も花を活けておこうと思ってね。誰かが見舞いに来たっていう証にさ」


 そんなに深い意味があるとは思わず、黙り込んでしまう。それを気にした様子も無く、雨宮は次なる話題へと話をシフトさせた。


「ところで、トキはどうしているかな? あの子は結構ナイーブなところがあるからね。どうせ見舞いになんて行かないって怯えているんだろう?」

「概ねあってはいるんすけど、それ本人には言わないで下さいよ。怒り狂うんで、間違いなく」

「まさか! 図星を指された時、彼は黙り込むか『黙れ』って言うだけだよ! 今度からかってやるといいさ、本当に嘘が吐けなくて面白いんだから。で? トキは何をしているの?」

「うーん、俺がここへ来るって言い出す前はずっとボンヤリしてましたけど」

「ああそうなんだ。大体予想通りかな。じゃあ南雲くん、君、トキに近々ミソギの見舞いに来るように言っておいてくれるかい? 勿論、私がそう言っていたって伝えて構わないからさ」

「え? ええまあ、分かりました」


 ちら、と雨宮の表情を盗み見る。彼女は真意の掴めない薄ら笑みを浮かべていた。同族嫌悪、多分、彼女と自分の相性は悪いなと南雲は漠然とそう思い、そして見舞いを早々に切り上げる事にしたのだった。

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