04.センター点検日

 顔を洗い、通常業務へ戻る為ロビーへ向かう。今日は南雲も一緒という事だったので、当然の如くワンコの後輩もロビーで待機していた。

 こちらを見つけた南雲は愛想良く手を振っている。

 ――懐かしい感じあるな。

 陰謀渦巻く世界に居たせいか、何故か南雲を見ると変な安心感がこみ上げてきた。こんなにも不良なのに、彼の何が人の心を落ち着かせるのだろうか。


 ロビーの来客用ソファに座ったトキが何事も無かったように、今日の仕事の説明を始める。どうやら自分が転た寝している間に、仕事の確認まで終わらせてくれていたようだ。頭が下がる思いで一杯である。


「今日の仕事は霊障センターの点検作業だ」

「あ、楽なやつだ。ラッキー」


 今日は何事も無く終了しそうだ。ミソギは鼻を鳴らした。

 一方で南雲は疑問顔を浮かべる。


「点検? なんすかそれ。まあ、ミソギ先輩が楽しげなんで、ホラー系じゃ無さそうっすけど」

「あれ、南雲は初めてだっけ? 霊障センターの点検って3ヶ月に一度の恒例行事で、赤札の何人かでやるんだよね。でもまあ、蛍火さんも居るし私達の出番はほぼほぼ無いかな。棲み着いてる雑魚怪異なんかを払っていくの」

「へー、確かに楽勝そうっすね!」

「私、喋ってるだけで雑魚怪異なら溶かせるし、よく呼ばれるんだよ」


 実質、自分の役割は掃除機のようなものだ。仲良くお喋りしながら、センターの上から下まで、隅から隅まで歩き回ればそれでいい。

 そもそも、青札である蛍火の管理下にあるセンターに巨大な怪異が棲み着く事はほとんど無い。危険と判断すれば彼が早々に手ずから除霊してしまうからだ。


「何にせよ、今日は怖い思いはしなくていいって事っすね!?」

「そうそう! よし、じゃあ早速行こうか、トキ!」

「お前等は剽軽だな……」


 呆れたように呟いたトキが溜息を吐くと立ち上がった。これでは完全に子供を引率する先生である。


 ***


 所変わって霊障センター。支部のすぐ目の前なので数分で到着した。

 ここへ点検をしにくる事は聞いていたのか、蛍火から直々に出迎えられた。彼とは浅からぬ縁なので向こうも勝手知ったる調子だ。


「やあ、待っていたよ。まあ、君達に今更説明は不要だと思うけれど一応確認しておこうか」

「はーい」

「素直でよろしい。まず、1階から順番に最上階まで見てくれ。最後はエレベーターの点検をして貰うから、下りる時はエレベーターを使ってね。まあ、とにかく隅々まで歩いてくれれば良いからやり方は任せるけれど」

「今日は蛍火さんは一緒じゃ無いんですか?」

「悪いね、立て込んでいて。どうせ大した事は無いだろうし、もし何か起きたらスマホでも鳴らしておくれ」


 それだけ言うと、蛍火は白衣を翻して業務へと戻って行った。どうやら本当に立て込んでいるらしい。


 結果的に言えば、点検は滞りなく進んだ。

 残すは問題にして最終のフロア、3階のみになっている。


「相変わらずピリピリしてんなあ。先輩達は、入院した事あります? 霊障で」

「私は無いなあ、別に。トキも多分無かったよね?」

「ああ」


 3階に入居した事があるのは雨宮くらいなものだ。とはいえ、現在出られないと噂のフロア、3階に居る患者の数は9人。この間までは雨宮が居たので10人だった。

 何が起こるか分からないこのフロアに駐在している看護婦は皆、白札の除霊師である。異変があればすぐに気づきはするので、ある意味では一番安全なフロアとも言える。


 が、そこはそれ。点検の為3人で廊下をトコトコと歩く。

 不意に雨宮が使っていた301号室が見えた。未だに無人のようで、ネームプレートなどは無い。

 そこを通り過ぎ、302号室。前回のホラー経験があるので、一応仕事ということでミソギは一瞬だけ足を止めてそれとなく中を覗いた。


「あ……」


 普通に人間の女性がベッドに座っている。横を向いていた顔が不意にこちらを向いた。目と目が合う。瞬間、手招きされた。

 どうしようか、このまま無視して行くのは非道すぎる。

 そうこうしている内に、南雲とトキまで足を止めた。トキが眉根を寄せる。


「何かあったのか?」

「ああいや、患者さんに手招きされてて……」

「知らん、放って――」


 話してあげて良いんじゃないすか、とコミュわんこ事、南雲があっけらかんとそう言う。深く考えていなさそうな言葉だが、人道性はある優しさに満ち溢れている。

 流石にずっと病室に居て、暇な女性を――しかも何か手招きしている――放っておくのも酷なような気がして、廊下を進んでいた足を病室へと向けた。トキは溜息を吐いて腕を組んでいるが、南雲は跳ねるような動きで付いてくる。

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