03.仮眠室で視る夢

 ***


 三舟と別れて、そのままの足で支部へ。今日は先にも述べた通りハードスケジュールだ。次は普通に仕事の時間だし、割と1日フル稼働でうんざりする気持ちが拭えない。

 何とはなしに考えつつ、時計を見る。

 支部の中では今日も今日とて人が行き来しており、昼間という事もあって依頼に来た一般人の姿も多い。


 ――早く着きすぎたな……。

 三舟と長々話をすると思って早めに時間を設定したのが、見事に裏目となってしまった。トキ達との仕事まで2時間弱程の時間がある。ぼんやりして過ごすには長すぎる時間と言えるだろう。

 困ったな、そう思いながら、行く先はすぐに決まった。

 睡眠時間を確保出来ていない事だし、仮眠室で寝て過ごそう。本当は読みたい漫画だの何だのを読むという手もあったが、休める時に休んでおいた方が良い。


 すぐにそう決め、関係者入り口から中へと入る。ロビーとは打って変わって人気の無くなった廊下を進み、階段を上って2階へ。仮眠室のボードが掛かった部屋の一つにするりと入る。

 完全個室性の仮眠室。使用中を伝える為、ボードを裏返した。

 朝一だからだろうか。必ず一部屋二部屋くらいは誰かが使っているというのに、本日このフロアは無人のようだった。


 学校の保健室みたいだな、心中でそう思いながら靴を脱ぎ、ベッドに横たわる。空調の音を聞きながら目を閉じると、すぐに意識が薄れていくのを感じた。それに抗う事無く、思考を停止する。

 思っていた以上に精神への負担が重かったこの1ヶ月。それらの事に思いを馳せながら、意識を落とした。


 ***


「……あれ」


 目を覚まして一番に視界へと入って来たのは白い天井だった。ただし、これは支部のややくすんだ白ではない。真っ白、塗り立てのペンキみたいな白だ。

 数秒考えて、すぐにここがどこであるのか思い至る。

 雨宮がまだ昏睡状態でセンターに入院していた頃。毎週のように見ていた天井――これは、蛍火の居る霊障センターの天井そのものだ。


 それと同時に、これが夢である事にもすぐに気付いた。あまりにもおかしなシチュエーション、病院だというのに感じない気配。あらゆる矛盾に、妙に冴えた頭がすぐに追い付く。


 ゆっくりと身体を起こして周囲を見回した。人の姿は無い。

 窓から外を見て、ゾッとして息を呑んだ。外は真っ暗だ。それはもう、考えられないくらいに。夜であると言うより、病院より外がまるで存在していないかのような黒塗りの世界。

 心底恐ろしい気分を味わい、慌ててそれから目を逸らす。気を紛らわす為に、病室の観察へと気持ちを向けた。


「これは……3階の個室……?」


 正確な階は不明だが、何度も雨宮の見舞いの為に足を運んだセンター3階。見間違えるはずもなく、ここは3階の個室だ。特に、このフロアは個室しかないので他階の個室よりやや広い。

 ――雨宮が退院したから、それを意識してこんな夢を視ているのかな?

 どうにか自己完結しようと、思考がそれらしい答えを弾き出す。薄々気付いている、面倒事に巻き込まれているかもしれないという何よりも近い正解に目を逸らしながら。


「――……、…………」

「え?」


 不意に聞こえた、ボソボソという話し声。恐らくは隣の部屋から聞こえてきている。形の無い恐怖に襲われ、半ば助けを求めるように周囲を見回す。当然ながら、人影は無い。

 ――起きろ、起きろ起きろ、起きろ起きろ起きろ……!!


 目を瞑り、耳を塞いで祈る。瞬間、その願いがどこかに届いたのか、ふっと目の覚めるような感覚が全身を襲った。


 ***


「――っ!!」


 目を覚ます。そしてその瞬間、ミソギは大口を開けて絶叫した。


「ぎゃあああああ!?」

「おい、煩いぞッ!!」


 目の前にドアップで人の顔があれば、そりゃ叫ぶ。

 心中で言い訳をしながら、今の一瞬で引き起こされた動悸、息切れ、きつけを全力で宥める。一方で、人の仮眠室に勝手に入り込み且つ唐突なドッキリ活動に勤しんだ彼――トキは素知らぬ顔をしていた。

 こいつ何をしに来たのか。


「とっ、トキ、どうしたの?」

「どうしたの、じゃない。仕事の時間だ、いつまで寝ているつもりだ」

「え」


 備え付けの時計を見る。言う通り、仕事の始まる時間を30分程オーバーしていた。つまり、なかなか現れない自分を見かねて捜しに来てくれたのだろう。


「起こしに来てくれたって事ね……」

「受付で貴様が仮眠室の方へ行くのを見たと聞いた」

「成る程。にしたって、起き抜けドッキリは酷くない? 下手したら心臓止まってたよこれ」


 ピキッとトキの顔が引き攣ったのが見えた。ああこれは文句を言われるぞ、と身構えるも、彼は刺々しい息を吐き出し、渋い顔で特に怒りの感情を内包する事無く呟いた。


「顔色が悪いぞ。……体調でも悪いのかと思った」

「え、本当? 別に、特に身体に異常は無いけど。んー、変な夢を視たくらいで」

「チッ、顔を洗って来い。どうせ急ぎの案件は無い」

「ああうん、そうしようかな。まだ頭が起きてないし」


 ――その酷い顔色とやらも確認して来よう。

 ミソギはぐっと背伸びをすると、靴を履き、トキの背を追いかけた。

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