16.登録者名『***』

 相楽はいつもの面談室にて、疲れ切った顔で項垂れていた。そういえば、重要書類がどうだとか言っていた気がする。見つかったのだろうか。いや、この様子からしてまだ見つかっていないのだろう。

 そんな疲れ切った上司を前に、掛ける言葉を持たないミソギはまんじりと上司のお疲れ具合を計る事しか出来なかった。無言を貫いていると、引き攣った笑みを浮かべた相楽から座るよう促される。


「まあ、座ってくれ。悪いな、何か調子悪そうなのに呼び戻しちまって」

「ええ、いや、相楽さんより多分マシなんで……」

「ああうん、おじさんももう歳だからなあ」


 ――そういう問題では無い気がする。

 ともかく、相楽に聞かれた今回の任務の全容をざっと説明。撤退と相成ったところまで話をした。それだけだったが、酷く合点のいったような顔をしていたので、トキは肝心のゲーム部分の所を上手く説明出来なかったのが伺える。


 ただし、本題はどうやらここからだったようだ。疲れた顔を引き締めた相楽が、言い出しにくい事を言い出すかのように、小さく唸って言葉を探しているのが分かる。


「あー、ミソギ。別に変な意味じゃねぇんだが……最近、あの緋桜と何か話をしたりしたか?」

「え、またそれですか? いや、そもそも緋桜さんには会った事すら無いんですけど……。え、何ですか怖い」

「お、おう。そうか」


 緋桜と相楽は仲が悪い。それは、緋桜に会った事すら無いミソギでさえ知っている純然たる事実だ。だが、彼女は相楽に疑われるような事でもやらかしたのだろうか。最近、やけにその名前を聞く気がする。


「あとよ、俺の書類見なかったか? A4の茶封筒に入ったヤツ」

「見てないです、はい」

「そうか……。了解、それじゃ今日は帰って休んでくれ。おじさんはもう少し、あの書類を探してみる」


 ――もういっそ、盗難事件として警察に預けた方が良いのではないか。

 そう思いはしたが、判断は相楽次第だと口を噤んだ。


 ***


 支部裏に設置されている、年期の入った電話ボックス。その中にて、トキは険しい顔をしてメモの切れ端を睨み付けていた。電話番号の書かれたそれは、見た事の無い数字の羅列だ。


 ミソギからスマートフォンを借りた時、登録者名が『***』となっている番号を発見した。それを、彼女が居ない間に抜き取り、保存。そうして今に至る。

 勿論、ストーカーじみた動機で人のスマホから勝手に電話番号を抜き取った訳では無い。これは相楽の指示だ。「見覚えの無い名前や登録番号があるのなら抜いて欲しい」、たったそれだけの指示。


 ざっくりしすぎていたので、最初、無理矢理スマートフォンを奪えなければ無視するつもりだった。除霊師の仕事とは怪異との戦いであって、対人戦は専門外だったからだ。そんな事に割く時間も無さそうな大捕物でもあったし。

 さて、前置きは以上だ。今からやるべき事は一つ。

 この謎の電話番号に、電話を掛ける。あの物覚えの悪いミソギが、登録名を『***』にしている電話番号など、何かあるに決まっているのだ。


 珍しく、多少の罪悪感を抱えながらも相楽から支給された電話カード、テレフォンカードを使用し、受話器を耳に当てる。

 そのまま、メモに記した通りの電話番号を押した。


 電話から人の声が聞こえたのは3コール目。

 初老の男性の声が鼓膜を震わせる。


『何か用かね。非通知のようだが、悪戯電話かな?』


 ――嫌いな声だな。

 人を小馬鹿にしたような、且つ謎の余裕を漂わせる声音。精神的嫌悪感が勝る口調に、知らずトキは眉根を寄せた。不快な男に繋がってしまったが、彼とミソギは一体どういう関係性なのか。


 そもそも、相楽の予想では緋桜が電話に出るらしいが、全然違う。彼女とは会った事も無いが電話口の声は完全に男だ。


「貴様……誰だ」

『おや、君から私に電話を掛けてきたのではなかったかな? それはこちらの台詞だが』

「……友人の」

『うむ』

「友人の電話帳にあった、怪しげな名前の電話番号に電話をした。誰なのかを答えろ」


 電話の向こう側に居る『誰か』は面白おかしそうに笑っている。子供の些細な悪戯を笑う大人のような、対峙している人間を対等には扱っていないニュアンスが含まれる、笑い声だ。

 一頻り笑い声を発した後、男はようやくトキの問いに答えた。


『君の友人とやらは、恐らく私の娘だな』

「ハァ!?」

『いやね、親心と言うヤツで番号さえスマホの中に保存出来ないと言われてしまえば、名前を偽ってでも緊急連絡先を教えたくなるというもの。いやはや、要らない誤解を生んでしまったようだ』


 白々しい。白々しいが、ただし辻褄は究極的に合ってはいる。

 何故なら機関所属の除霊師は、仕事に持って行くスマートフォンの中に除霊師以外の人物の電話番号を入れる事を禁じられているからだ。それは両親、兄姉なども例外では無い。

 見つかれば即、注意を受ける事となる行為。それを隠す為に『***』で登録していたとすれば、辻褄は合う。が、完全な言い掛かりとなってしまうがとにかく嘘くさい。


 考えている間にも事態は進展する。電話の向こう側に居る人物は捲し立てるように言葉を紡いだ。


『では、私も忙しいのでね。金輪際、このような悪戯電話は止めて貰おうか。では』

「あ、ちょ、待て――」


 制止も虚しく、電話がガチャンと切られる音。

 溜息を吐いたトキは受話器を元の位置へと戻した。取り敢えず、今あった事を相楽に報告しなければ。

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