15.最期のあがき

 ――そう、トキは部屋から出て行った。

 今、この室内に居るのはミソギ唯一人。チャンスは今しかないし、敷島のあの発言もその意味があったに違いない。


 慌ててポケットから三舟特製のUSBを取り出す。ついでにポケットを圧迫していた、変換器も容易。それをスマートフォンに繋ぎ、USBを差し込む。そこで気付いた。


「えっ。ここからどうすればいいのさ」


 残念な事に、パソコン及び電子機器はあまり得意では無い。スマートフォンをそれなりに不自由なく使う程度の力しか無いのだ。この嵌め込んだUSBをどうすれば使う事が出来るのかも謎。普通に生活していればスマートフォンにUSBを差す事などまずない。

 途方に暮れていたが、手の付けようが無いのは結果的に言えば正解ルートへの一番の近道だった。


 弄くらなかったおかげか、勝手に何かのプログラムをスマホに移行し始めているのが分かる。どういう理屈でそうなっているのか全く以て不明ではあるが、何となく成功している気がしないでもない。

 スマホの画面には無機質な意味のあるアルファベットがもの凄い勢いで並んでいる。英語もさして得意では無いので全く何が書いてあるのかは分からなかった。


「よ、よーし、いいぞー。頑張ってくれー」


 念じるようにそう言えば、スマホからウィーンという不吉な音がする。頼むから持ち堪えてくれ、本当。

 瞬間、ぴたりと動いていたアルファベットの羅列が、止まる。

 ――終わった、かな……?

 様子を伺おうと、更にスマホの画面を覗き込んだ。


 だんっ、という音がスマートフォンの内側から漏れる。真っ暗になった画面に見えるのは白く綺麗な整った両手。

 非常に恐ろしい事が起る、起っていると分かるのに目をそらす事が出来ない。

 やがて、両手の主であるアリスがぼんやりと画面の内部に浮かび上がってきた。所々狂ったように文字化けし、ひび割れた声で囁く。


『わたし、は……データなん……じゃ……い……』


 何を言ったのか分かった。分かったが呆然とその光景を見つめている内に、アリスは指先から形を失い、やがて意味不明なアルファベットと謎の記号となって画面の奥底へと沈んで行った。

 唐突且つ後味の悪い光景を前に頭を抱える。

 脳の冷静な部分が早くUSBを抜き取れとそう言うので、USBと変換器を再度ポケットへしまう。このUSBの重みが今では若干気持ち悪い。


 このまま悪い気分をどうにか飲込んで、消化してしまおうと制止していたが、そうしてもいられなかった。急に勢いよくドアが開いたかと思えば、トキと敷島が帰って来たからだ。


「相楽さんには報告した。帰るぞ、ミソギ」

「え、あ、そう。相楽さんは何て?」


 頭の中を無理矢理仕事へと切り替える。すると自然に先程までの出来事が、ほんの少しだけ遠くの出来事となった。人間の切り替え能力とは素晴らしいものだ。


「特に何も。早急に戻って来いとだけ言っていたな」

「そうなんだ……。やけにあっさり退くね」

「上の命令だからな。そこまでして、身体を張る必要も無い」

「それもそうか」


 スマホを回収。さて帰ろうと言うところで、それまで無言だった敷島がぽつりと呟いた。


「ミソギ。お前は念の為、霊障センターに寄った方が良いな。特に外傷らしきものは見当たらないが」

「了解です。トキはどうする? 先に帰る?」

「相楽さんに報告するよう言われている。お前はセンターに寄って、私が今日の出来事は報告しよう」

「お、ありがと」


 流石は効率化の鬼。無駄を嫌う男、トキはそう言うと早々に会社から出て行く姿勢を見せた。慌ててその背を追う。今日は何だか濃い1日だった。


 ***


 霊障センターで軽く蛍火に事の経緯を説明し、さて帰宅だ。という時にスマホの着信音が鳴った。電話を掛けてきたのは相楽で、何でも一度会って今日の事を聞きたいらしい。

 トキは報告をしてくれたそうだが、如何せんゲームの仕組みがよく分からなかったようでこちらに電話を掛けてきたらしい。


 仕方ないと思いつつ、センターの向かい側に建っている支部へと足を運ぶ。人の命にも関わる案件が多いので、退社の時間など毎日まちまちだ。今更、早く帰れないと文句を言う気力も無い。

 受付に挨拶をして中へ。今日はずっと首から掛けっぱなしだった、赤い札がシャラリと軽い音を立てて揺れた。

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