絶叫除霊師ミソギ

05.アメノミヤ奇譚

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　それはおよそ3年前の記憶をそのまま映像化したような光景だった。

　鬱蒼と生い茂った、そのぎ公園の散歩コースを外れた場所。自然をそのまま残した自然の公園、と宣伝しているだけあってコースを外れてしまえば確かに大自然の中に取り残されたような寂しさ、都会から離れた焦燥感に駆られる。

　更に間の悪い事に細く降り続ける雨は十束の体力を徐々に奪い、立ち止まっていれば体温も下がっていく。

「おーい、どこに行ったんだー？」

　囁くような声で周囲に訊ねてみるが、当然返事は無い。一緒にそのぎ公園に乗り込んでいた同期3人とはぐれてしまったのだ。

　あまり大きな物音を立てると、あの怪異達に気付かれてしまう。ゆっくりと見通しの良い場所へ戻るべく歩を進めるが足取りは重い。もうかれこれ数時間、この心臓に悪い隠れ鬼のような状態だ。いい加減疲れてきた。

「――とつか、十束！」

「雨宮!?」

　程なくして、同期の1人である雨宮と合流する。しかし、残念な事に彼女は一人だった。ミソギとトキの行方は相も変わらず不明である。駄目下で所在不明の仲間について訊ねた。

「雨宮、ミソギとトキを見なかったか？　実は俺もはぐれてしまって」

「いや、見てないな。でもまあ、ミソギはああ見えて強かだし一人でいるとは考え辛いね。トキと一緒なんじゃないのかな？」

「そうだろうか……」

　ちら、と彼女の様子を伺う。

　雨が降っていると言ってレインコートを一人だけ着用していた彼女は、そのフードまで被っていた。しかし、それでも水滴が編み込んだ髪からぽたぽたと垂れていた。この細い雨は風に乗って横殴りに吹き付けてくるのでフードは意味を成していないようだ。

「十束、ずぶ濡れだね。そうだ、タオルを持っているよ。使うかい？」

「それも濡れているんじゃないのか？　この雨だぞ」

「君達って準備という言葉を知らないのかな？　リュックサックに入れてるよ。勿論、登山用だからそれなりに防水性さ」

「有能だよ、お前は」

「もっと誉めておくれよ、私の事をね！」

「まあだが、今はいい。拭こうがどうせすぐに濡れ鼠だ」

「それもそうだね」

　言われてみれば、雨宮の装備品はまさに準備万端と言えるものだった。大きいリュックサックは何に使うのかと思っていたが、現状かなり役に立っている。女性にしてはかなり高い身長の彼女は、恐ろしい事に長靴と称して安定感のあるヒールが付いたブーツを履いているので威圧感があった。

　ともあれ、仲間と合流出来たと安心したのも束の間。この数時間でうんざりする程に聞かされた、内臓をひっくり返したような嫌な呻き声で我に返る。

　雨宮曰く――「溺れて助けて求めているような人間の声」。それが比較的近くで聞こえた。

「ぁぁぁぁあぁぁぁあああぁぁ……」

　弾かれたように、声とは反対方向に身を翻す雨宮。当然、十束もまたその後に続いた。

「十束、取り敢えず公園から出よう！　公園の外に出れば、電波が回復するかもしれない」

「ああ、了解！」

　出会ってしまえば厄介な事この上無いそのぎ公園の怪異。しかし、彼女等は足が遅い。存在に気付き、走って逃げられる内は捕まらないはずだ。

　走りながら背後の様子を伺う。

　白い左前の白装束――死装束。見えているだけで3体おり、ぶつぶつと怨嗟のような言葉を漏らしている事から生者に対して強い恨みや憎しみを持っている事が伺える。格好は統一されているが、状態や着ている人物はまちまち。つまり、このミソギでも溶かす事の出来ない怪異達は個にして全ではなく、独立した怪異だという事なのか。

　ずるずる、びちゃびちゃ、湿った水っぽい物を引き摺るような音と共に駆けてくるそれらは、所々腐敗していて見るに堪えない。ずっとドラム缶なんかに溜まっている、腐った水のような臭いが息苦しさを一層際立たせる。

　どれだけ走っただろうか。不意に少し前を走っていた雨宮が足を止めた。

「……まいた、かな？」

「ああ、見える範囲には何もいないな」

　気付けば散歩コースへ戻って来ていた。ゴムを踏んだような、足を痛めないように設計されている道を踏みしめる。茂みはともかくとして、真っ直ぐと続く直線上の道には何もない。

「道なりに沿って進んで、公園から出よう。これって外まで続いているよね？　散歩コースだって言うし」

「ああ、続いているはずだ。怪異も、俺達を追って来ていたようだし案外トキ達はもう公園の外に出ているかもしれないな」

「いなかったら戻れば良いよ。とにかく、スマホの電波が届く所へ行かなければ、相楽さんにも連絡が取れない。一度、出て。まずは救援を」

　ポケットに突っ込んでいたスマホもまた、かなり濡れていた。防水性で良かったと心からそう思う。が、画面を点けてみても踊るのは『圏外』の2文字だ。

　試しにアプリも起動してみるが、読み込み中の画面から一切動かない。

「そういえば、このアプリ、今年中に大幅アップデートをするそうだ」

「え？　そうなのかい？　私は使いやすいし、このままで良いと思うのだけれど」

「いや何でも、異界に取り込まれた時、圏外になるとアプリで連絡が取れなくなるだろう？　その辺を強化するらしい」

「強化も何も……どうする気なんだろうね。けど、その大幅アップデートとやらをするなら、もっと早めにして欲しかったよ。相楽さんとも連絡取れないし」

　元演劇部の雨宮は実に大袈裟且つ、分かり易く肩を竦めて見せる。喉の奥で押し殺すように笑った十束もまた、彼女の言葉に同意を示した。