03.異動してきた氷雨さん

 ***


「――と、言うわけだ。正直、アメノミヤ奇譚組が2人もいて奇跡を感じずにはいられねぇわ、おっさん」


 スクリーンに映されているのは『急にそのぎ公園に迷い込んじゃったみたい。誰か助けて』、とタイトルの打たれたルームの会話文だ。ついでにルームIDもスマホに送りつけられている。


 支部第三会議室にて。南雲は思わぬタイムリーな事件に絶句していた。赤札を呼びだした相楽その人も今回ばかりはふざけた発言を慎んでいるのが伺える。


「相楽さん、この面子で『そのぎ公園』へ行くんですか?」


 十束が訊ねたのに対し、相楽は重々しく頷いた。ここまで来れば、この面子が何の為に集められたのかは明白である。


 南雲は順繰りとメンバーを見回す。

 自分とトキ、そして十束は一緒に会議室まで来たメンバー。その他に呼び出した本人である相楽、巫女のミコ――見た事の無い男が1人いる。

 彼は誰だっただろうか。赤札とは全員顔を合わせたと思っていたが、まさか知らない人物がいるとは。そちらが気になって仕方が無い。


「あのー、相楽さん? 俺、そっちの人、知らねぇんすけど。誰?」


 このまま顔も名前も知らない人間と仕事へ行くのは気まずい、そう思ったので言われる前に訊ねる事にした。男がこちらを向く。

 黒い髪にどんよりと曇った双眸。目の下には何故か濃い隈がある。ひょろりと身長が高い、20台半ばか後半くらいの印象がある男性。昼間の往来を歩いていようものなら職務質問されてしまいそうな、どんよりとした空気感がある。


 こちらを見たその人物はしかし、自らの紹介をしなかった。代わりに相楽が問いに答える。


「あ? あー、そうか。お前等、昨日休みだったもんな。そいつは氷雨。ちょっと事情があって他組合から異動してきた。よろしくしてやってくれよ」

「はあ。どーも、南雲っす」

「ああ」


 短く答えた男――氷雨は首だけ動かすように会釈した。何だろう、このコミュニケーションを取れない感じ。コミュニケーション能力お化けと呼ばれるこの血が騒ぐかのようだ。コイツ、大人しそうに見えてとんでもない問題児かもしれない。


 私からも良いか、とまるで氷雨その人に興味の無さそうなトキが口を開いた。


「ミソギと連絡が取れません」

「え? それって今の話?」

「何か聞いていないのですか?」

「おっさんは何にも知らねぇなあ。あ? あー、でも、今回の件と無関係じゃない気もするな……」


 それは、と黙っていた氷雨が不意に口を開く。重々しい口調は他者が口を挟むのを阻んでいるかのようだ。


「そのルームを立てたのが、ミソギという訳か?」


 違うと思います。と、予知能力者ミコが首を横に振った。


「口調、全然違いますしっ! 何より……私、もしかしたらルーム主さんの事を知らないかもしれません。おかしいですよね、私は青札で、赤札の皆さんとは面識があるはずなのに」

「何かゾッとしたわ。え? 氷雨、お前が立てた?」

「なんで俺が……。来たばかりで、そんな悪戯はしないでしょうよ」

「まあ、そうだわな」


 混乱してきた。というか、流れて来る情報に統一性がなさ過ぎる。

 一旦締めるように、相楽がその場を制した。再び会議室に静寂が戻って来る。


「おう、取り敢えずミコちゃん。何が視えてるのか、おっさんに教えてくれよ」

「はい! そうですね……雨が降っている公園、うーん、ダンディなオジサマ? と、あとは、えーっと……人間霊。何でしょう、これ。血の付いた刃物? あと、えーっと、んー……。スマホ、アプリの情報、くらいですかね」

「ダンディなオジサマって誰? まさか、俺の事かい?」

「相楽おじさまじゃないです! この人、誰なんでしょうね。機関の人じゃないかもしれません。プレートはたぶん、提げてないです」

「人間霊は? どんな奴だった?」

「分かりません。体感、かなり霊感値が高くないと視えないかもしれませんね。とても弱い霊です。恐らく、私の目にも写らないでしょう。必死に何かを訴えていました。あと……何だか少し、懐かしい」


 ――ミコちゃんに視えねぇって事は、MAXで腹減ってる俺にも視えねぇな。

 情報が錯綜している。まとめる為に、未来視の出来るミコを頼ったのだろうが見事に徒となっている気がしてならない。今回は手こずっているのか、既存の情報を強化するのではなく新しくバラバラのピースを追加してしまったようなものだ。


 おい、とトキがミコを見やる。


「ミソギは?」

「そればっかりですねっ! でもまあ、恐らくミソギさんは無関係ではないですっ! どこにどう関わっているのか分かりませんし、今では無く3年前の『アメノミヤ奇譚』の情報に掛かっているかもしれませんけど。でも、私達の知らない何かを知っている――そういう気はします」

「それは貴様の憶測という事か?」

「憶測ですけれどっ! でも、妙な確信もありますねっ!」


 ミコ、と腕を組んで首を捻っていた十束がにこやかに口を開いた。トキもそうだが、アメノミヤ奇譚リベンジマッチ戦になるかもしれないのに予想以上に彼等は落ち着いている。


「アプリの情報というのはどういう意味なんだ?」

「あっ! それなんですけど、ルーム主さんの事は知りませんがそのルームに書き込まれている情報は私達の命綱になるかもしれませんっ!」

「命綱……いや、ちょっと待ってくれ。ミコ、お前も行くのか? 止めておいた方が良いと思うぞ。多分、いや絶対に全力で走る事になると思う」

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