04.ミソギの処遇
***
「っしゃ! 手こずらせやがって!!」
警察が暴れる犯人の身柄を拘束するような状態、と言えばそれが正しいだろうか。ガッツポーズを取る浅日を目にして、トキはぐったりと溜息を吐いた。10分にも及ぶ死闘の末、ようやくミソギを捕まえる事に成功した。
憑かれているとはいえ、所詮は女性の力。男2人で押さえ込めばどうにかなったが、浅日がいなければ厳しかっただろう。どうやって鏡の中から出て来たのかは知らないがいてくれた事だけは大きい。
「ねぇ、当て身って具体的にはどうやるわけ? あたし、あなた達が上手くそれを出来るとは思えないし、下手するとミソギが怪我をするかもしれないからあまりやらない方が良いと思うのだけれど」
最終的にはかなり遠くから見守っていたカミツレが不意にそう言った。ミソギを押さえ込んで全体重を掛けている浅日と目が合う。
「あー、俺はちょっと……こういうのって何つーの? 柔道の有段者でもあまりやらねぇ方が良いとは聞くな」
「首の裏辺りをこう、とんっ、とやるものじゃないのか」
「いや、お前自信満々に当て身でも食らわせるって言ってただろ! 何だよその、若干自信無さそうな言葉は!」
自信がないも何も、実際にやった事無いのだから当然だ。変な空気が周囲に漂ったところで、カミツレが首を横に振る。
「ちょっと、止めときましょうよ。そうやって取り憑かれた人間を、除霊師が殴り殺しちゃった例もあるのよ? 勿論、悪気は無くあたし達みたいな状況下でね。自信がないのなら、やるべきじゃないわ」
「だそうだが、お前あと何枚くらい霊符持ってんの? 俺とカミツレが持ってる分を足せば、憑いてる霊を祓いきれるか? ああおい、暴れんなって!」
ミソギがジタバタと暴れるが、有利な体勢に持ち込んでしまえば簡単には抜け出せないようだった。ともあれ、浅日の問いに従い持っている霊符を出す。最早残りの枚数は両手で数えられる程に減っていた。
お札を数えるように霊符を数える――8枚。浅日達が何枚霊符を持参しているのかは知らないが、足りるとは到底思えなかった。
「おい、8枚しか無いぞ。クソ、体育館で札を使い過ぎたか」
「足りないわね。あたしと浅日の札を足しても14枚……ミソギに憑いてる彼等を祓いきるには、全然足りないわ」
「ならどうする。このまま転がしておくわけにもいかないだろう」
「どうするのかはあなたに考えて貰いたいのだけど。あたし達はいつもミソギと一緒にいる訳じゃ無い。越えて良いラインが分からないのよ」
――どうしろと言うんだこの状況で。
何を優先し、何を後回しにするか。人間の意識を奪うなんて荒技は簡単には出来ない。当て身を食らわせればいい、などと適当な事を考えていたが冷静になってみれば現実的な話では無いだろう。
霊符を貼り着けて、奇跡的にミソギの意識が戻る事に賭けるべきだろうか。しかし、そうしてしまうとカミツレと朝日は実質力を失う。自分は模擬刀を持っているから良いが、彼等は完全に丸腰だ。ミソギが正気に戻らなければ目も当てられない惨状と成り果てる事だろう。
では、このまま連れて行くとして暴れるのを逐一押さえ込みながら学校を探索するのは難しい。紫門や南雲と合流出来れば男手は増えるが、それでも何かあった時に対応する事はおよそ不可能。
「こ、の……ッ!」
「お、喋った。喋り方でも思い出したのかよ。ん?」
紛れもなくミソギの口から漏れた、彼女の声だが違和感しか無い口調に溜息が出る。言葉を話せば話すだけ、現実の彼女と乖離してしまうようだった。挑発している浅日はニヤニヤと笑みを浮かべている。
それが癪に障ったのか、ミソギが更に抵抗した。
「おい、あまり暴れさせるな。中身は知らん雑魚霊でも、外側はミソギのものだ。筋でも痛めれば後で治療費を請求されるぞ」
「げっ、マジか! でもアイツ、そういうところあるよな。あとな、お前も素で煽る癖は直した方が良いぞ」
「はあ? 私が何を煽ったと言うんだ」
しかし、すでに遅かった。喋る事を覚えた――否、思い出した死者が口を開く。
「離せ、離せ離せ離せッ! 触るな! はなせはなせはなせはなせはな――」
「うおっ!? ……って、あ? おーい、どうした?」
うつぶせの状態で拘束されていたミソギだが、唐突に不気味な低い声を漏らした――かと思えば、次の瞬間には浅日を睨み付けていた頭がガクンと倒れる。糸が切れた人形のようにとはこの事だろう。
力を失った首が頭を支えられず、額がゴチンという実に痛そうな音を立てて床にぶつかる。あまりにも痛そうな音だったせいか、カミツレが引いたような顔で口元を押さえた。
「何だ、急に。おい、意味不明な行動を取るな。鬱陶しい!」
死んだ様に静かになったミソギが再び顔を上げる。死んだり生き返ったり、実に忙しい霊だ。そんな『中身』に向かってトキは苛立ったように声を掛けた。
「いい加減に大人しくしろ。貴様にかかずらっている暇は無いッ!」
ミソギの目が見開かれる――まるで、そう、驚きを表しているかのように。そうして、彼女は再び口を開いた。
「な、何ソレ……! そんなに言うのなら、私と学校になんて来なければ良かったのに! というか、何この状況。関節技きめるの止めてくれる!? 何コレ、集団イジメ……!?」
「えっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます