03.たどり着けない2階

 ***


 紫門と行動を共にしていた南雲は、踊り場から2階へ下り立つ。ミソギは開かずの間へ行ったと分かっているので合流しようと考えたのだ。

 しかし、意に反して2階の廊下にはアカリしかいなかった。ぽつん、とフロアの真ん中に突っ立っている様を見せつけられると、彼女がどうしようもなく死者であるような気がして恐怖心が湧き上がってくる。

 不意に、アカリがこちらを振り返った。隣に立つ紫門の表情は伺えないが、どこか険悪なムードを漂わせている。


「あ! どこへ行っていたの? あたし、急にみんながはぐれちゃって怖かったんだからね!」


 言いながら、アカリがゆっくりとこちらへ歩いて来る。ぼそっ、と酷く聞き取り辛い小さな声で紫門が呟いた。それは自分へ向けて放たれた言葉だったのかもしれないし、ただの独り言だったのかもしれない。


「ここ、3階だ……」

「え?」


 いや、そんなはずはない。中間の踊り場を下りたのだ。ここが2階でないのなら、階が捻れている事になる。

 しかし、紫門の言う通り立ち並ぶ教室の中に開かずの間は無い。窓から外が見えるが、どう見ても1階や2階の高さではなかった。


「あれ? 他の人達はどこへ行ったの?」

「……ああ、今少しはぐれていてね。2階で落ち合おうと思っているんだ」

「そうなんだ」


 紫門が極々自然な動作でスマホを取り出し、アプリを開く。目配せされたが、何を言っているのか分からなかったので南雲もまた彼と同じ動きをした。即ち、スマホを取り出してアプリを開き、ルームに接続したのだ。

 アカリが不思議そうな顔でいきなりスマートフォンを弄りだした自分達を見つめている。画面をタップしまくり、何か打ち込んでいる紫門の邪魔をしないようにアカリへ話し掛けた。


「アカリちゃん、どこ行ってたわけ?」

「あたし? あたしはずっとここにいるよ?」

「え? いやそうじゃなくて、俺等とはぐれた後、どうしてたかって聞いてんだけど……」

「それより、お兄さんはどうしてスマホを弄ってるの? あたしの事、無視しないで!」


 ――な、何だ急に……!

 元から口調やら何やらが安定しない子だなとは思っていたが、唐突な強い口調に目を白黒させる。


「いや、無視してるとかじゃなくて……そう! 先輩達が俺等の事、捜してるんじゃないかなーと思ってさあ、連絡を取り合ってるだけだって! グループトークで!」


 あながち間違いじゃ無いが、本当の事でもない。言い訳らしい言い訳を並べて、アカリを観察する。先程まで僅かな怒りを見せていた少女は打って変わって悲痛な面持ちだ。


「グループ、トーク……。あたしの言葉に誰も返信してくれなかった……。みんな無視するの! だからそれは嫌い!」

「え、えー? ちょっと落ち着こう? な? 何かメッチャ情緒不安定じゃん、アカリちゃん。つか、よく分かんないけどSNSイジメなんてちっせぇ事するような奴とは縁切った方が楽だって!」


 言いながらチラチラとスマホの画面を確認する。ルームではなく、個人トーク画面に連絡通知が入っていた。つまり、ルームに話を流したのではなく個人的なやり取りの画面で紫門からのメッセージが来たのだ。

 素早くタブをタップしてページを飛ぶ。何をやっているのかと思えば個人トークをする為の操作だったらしい。打たれている文字は酷く簡潔だ。


『アカリは連れて行かない方が良い。明らかに様子がおかしい事と、ボクの中で割とマズイ仮説がその通りに進行している。憑かれた状態のミソギと結託されると面倒だし』

『了解っす。アカリちゃんの気を惹いておけばいいんすか?』


 紫門からの返信はない。再びアカリが話し掛けて来た。


「そういえば、大時計の時間は変えられた?」

「ああうん、それは成功した。何か色々教えてくれてありがとな! ま、カミツレさん達が無事なのかはまだ未確認だけどさ」

「助かっていると良いね! あのキレイなお姉さん!」


 キレイなお姉さん――カミツレの事だろう。整った顔立ちに抜群のプロポーション、ついでにある程度の肝も座っている。子供が憧れそうな女性と言って過言では無い。

 と、またもスマホに通知が入った。今度はルームの方だ。慌ててアプリを操作し、先程からずっと使っている画面を表示させる。

 確認してみたが、紫門による他赤札への伝言依頼が新しく追加されただけだった。赤札が発言する度に通知が入るのだが、面倒だからオフにしておこうかな。


「ところでアカリちゃん」


 スマホをしまった紫門がいつも通りの紳士然とした笑みを浮かべた。


「なに、紫門さん」

「君、結局七不思議の7つ目は何だって言っていたかな?」

「分からないって前も言ったと思う……」

「うーん、そうか、でも――」


 不意に紫門の顔から笑みが消える。ゾッとするような無表情のまま、彼は眼鏡を人差し指で押し上げた。


「そんなはず無いと思うんだけどな、ボクは」

「…………」


 空間が押し迫ってくるかのような、重苦しい、何とも言えない空気が満ちた。何事か言い返すかと思われたアカリは黙って紫門を見返している。その顔もまた無表情だった。

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