04.時計の針

 余談だが。

 カミツレは機械類が苦手だ。というか、割とすぐに壊してしまう。動かなくなったテレビ、言う事を聞かない電子レンジ、固まったパソコン――持論としてはこうである。


「叩けば直るかもしれない!」


 背後から浅日に話し掛けていたが、無駄だと悟り正面に回る。そのまま一切の躊躇い無くその頬を張った。ビンタした。痛々しい音が静謐に満ちた廊下に響き渡る。


「浅日! 大丈夫!?」

「……あ?」

「浅日!!」


 小さく呻いた相棒の虚ろだった目に正気が返ってくる。ゆっくりと周囲を見回し、そして首を傾げた。


「どこだここ……。つか、何か右の頬が痛ぇ」

「浅日! 無事で良かったわ!」

「おう、何かなってたのか、俺。それよか、頬が――」

「浅日!」

「……」


 正気を失っているようだったのでビンタしました、とは言い出せずカミツレは思い切り顔を逸らした。それで何かを察した相棒は速やかに話題を変えた。


「どこだよ、ここ。何か気持ち悪ぃ場所だな」

「ここはあれよ、鏡の中。4時44分の大鏡」

「……あ? 俺はお前の事を逃がしたはずだが、逃げられなかったのかよ」

「逃げたけれど、戻って来たの」

「ば、馬鹿か……!?」


 怪異と目が合ったので歩みを再開する。1人ではなくなったからか、恐怖心はかなり和らいだ。とにかく、赤札でありながら鏡の中にずっといたが為に状況をまるで分かっていない浅日に、今まであった事を全て説明した。

 全てを聞いた彼は渋面で呟く。


「いや、俺がちょっといねぇ間に色々起き過ぎだろ。あーっと? 鏡の外にいる連中がどうにかしてくれるから大丈夫って事か?」

「分からないわ。でも多分、どうにかしてくれると思う」

「雑か! お前時々そうやって後先考えずに行動するの止めろよ!」

「でも、こんな所に一人ではいたくないでしょう?」

「……そうだけどなあ」


 ぐったりと溜息を吐く浅日に対して、カミツレは笑みを浮かべた。


 ***


 本棟4階、大時計の前。

 南雲はその惨状に首を傾げた。


 4階はどうやら本当に大時計の為だけに存在するようで時計しか無い。大時計の範囲しか4階という部分が無い、と言った方が正しいか。

 そんなフロアには何か工具のようなものが散らばっていた。


「こんなものを放置しているだなんて。やっぱり校舎は異界なのかな? どう思う、南雲くん」

「え? いや、俺に訊かれても……」

「はは! ノリが悪いぞ!」

「逆にノリ良すぎだろ! アンタ今が一大事だって事忘れてない!?」


 紫門の上がり下がりが激しいテンションは付き合っていると身が持たない。トキやミソギのようにマイペースを貫く、強靱な精神力がなければ彼との付き合いは至難の業となるだろう。

 しかし、この工具類は何をどう使えと言うのか。普通の時計ならば裏に時間を合わせるノブのようなものがあるのだが――


「うーん、取り敢えずそのタブを開けてみようかな。これならボクにも出来そうだ。あ、南雲くん工具とか使うの得意じゃない?」

「なんでそう思ったのか訊いていいすか」

「いや、使えそうな顔してると思って。如何にも手先器用そうじゃないか」

「だから! そういう偏見止めろってマジで!! こちとらミッションスクール出身なんだよ!!」

「神に祈りを捧げる不良……。新しいジャンルを果敢に攻めて行くね。素晴らしい! こう、祈りつつボクを貶しておくれよ!」

「嫌だよ! 何だコイツ、無敵か……!? しかも俺、別に不良じゃねーし! 高校通ってた時はちゃんとマトモな髪型してたっての!!」


 そうかい、と唐突にこちらの話に興味を失った紫門がねじ回しを1本拾い上げる。プラスドライバーというやつだろうか。当然、日曜大工やら図画工作は苦手だったのでそれの名称すら定かではない。


「うーん、これって電池で動いているのかな? そんな訳無いよね」

「えー、俺に訊かれてもよく分かんねぇっす」

「そうだよね。あ、タブ外れたよ。ちょっと持っておいてくれないかい?」


 タブというか、何かを隠す為のカバーを渡された。プラスチック製だ。紫門の作業を覗き込んでみると、時計の針を合わせる為のネジが見える。どうやら大当たりだったようだ。


「ん、これ、硬いなあ。手で回すのは無理か? そこに散らばってる工具で使えそうな物はないかい?」

「そっすね……これとかピッタリじゃないすか? ほら、鍵型だし」

「見た事の無い道具だね。この時計の時間を合わせる為だけに存在しているのかな。こういうのってどこの業者が造るんだろう」

「そ、そういう答えにくい事訊くなよ! 俺が知るわけねーじゃん!!」


 工具を受け取った紫門がそれを捻る。と、先程までの苦戦が嘘のようにネジがぐりっと回った。


「ああ、成る程ね。てこの原理の応用ってところか。南雲くん、今何時だと思う?」

「え? そーっすね、1時くらいじゃないすか?」

「じゃあ、そのくらいに時間を合わせようかな。しかし、時計盤が見えないな……」

「壁に時計掛かってますから、俺がおおよその時間を教えますよ」

「オーケー」


 紫門が豪快にネジを捻る。ぐるっと長針が動いた。現在の時刻は5時だ。そのままグルグルと時計の針が回る、回る――


「はい、ストップ! うんうん、良い感じ。今はこのくらいの時間っしょ!」


 ピッタリと長針が12を。短針が1を指した所で時計が止まる。確実に時間は合っていないだろうが、ようは4時44分でなければ何でもいいのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る