入道雲の下でラムネを飲む
連城寺のあ
第1話
男の長い指で硬いふくらみが揉みしだかれ、先端の小さな蕾がくっきりと存在を主張し始めた。布越しにその蕾を軽く摘むと、12歳とは思えない喘ぎ声が漏れた。
「あっ」
指先に力を込めると、ビクンと小さな体が跳ねた。固くなった両の蕾を親指で優しく転がすと、彼女が下半身をモゾモゾと動かし始めた。
性に目覚めるには少しだけ早い年齢にも関わらず、彼女の下着姿はやけに艶めかしく、17歳の興奮を激しく誘った。
「可愛い……」
そう呟きながら、下半身に伸ばした手で柔らかい小丘を優しく撫で上げると、彼女は肢をくねらせ潤んだ瞳で彼を見上げた。
「んっ……」
「気持ち良いのか?」
目と目をしっかりと合わせて尋ねる。頬をピンク色に染め唇を半開きにしたまま頷く姿は、たまらなく可愛い。おまけに瞳は潤んで微かに涙の跡も見える。
『涙?!』
そこで、彼は愛撫の手を止めた。
「薫、怖いのか?」
潤んだ瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。自分と同じ薄茶色の瞳を見つめている内に、さっきまで全身を支配していた欲望がサ――ッと抜け落ちるのを感じた。
『とんでも無い事をしてしまった!』
一瞬にして体温が奪われる。頭の天辺から足の先まで青ざめた彼は、急に立ちあがると急いで窓枠に干していた木綿のワンピースを取り込んだ。
目を見開いて横たわる彼女にワンピースを投げつけると、固い声で言った。
「……悪かった。ごめん」
・・・・
2017年8月
夏の蒸し暑い空に積乱雲が浮んでいる様は、いかにも『夏!』と言う感じで、意味も無く胸がときめく。それは大人になった今でも同じで、薫(かおる)はタクシーの車窓から白と青の濃いコントラストを眺めながら、躰の奥からムクムクと湧いて来る『何か』に心を乱されていた。
海野 薫(うみの かおる)は、県庁のブランド戦略課に勤務する25歳。県内の国立大学を卒業後、行政事務の試験に合格して見事希望の県庁勤務となった。自分の住む地域が大好きで、学生時代から産業イノベーション学科で大学と企業とのコラボ商品の実現に参加したりと、学びと進路がブレない活動をずっと続けていた。
故郷が今以上に発展する可能性を信じて仕事にまい進する……と言えば聞こえは良いが、母親に言わせると『女を捨てた仕事ジャンキー』らしい。
大学時代には彼氏と呼べる男性は居た……しかし、若い割には淡白な付き合いが続き、卒業と同時に関係は解消された。彼が東京に就職し、物理的に交際を続ける事が出来なくなった所為だ。
別れを決めたのは、どちらかと言えば薫の方で、仕事を優先するのが当然とばかりに『遠距離恋愛なんて無理だよね?』と切り出していた。
母親からは、優良物件をアッサリと手放した事で非難をあびた。それ以来、彼氏と呼べる人は居ない。
それでも、薫の容姿はずいぶんと人の目を引いていた。小柄ながらメリハリのきいた躰に色白の肌、薄茶色の瞳や髪の毛は母親譲りだ。伸びっぱなしでもサラッサラの栗毛をバレッタで留め、日焼け止め程度の薄化粧で出勤する薫は実際の年齢よりもずっと若く見える。
だから……いつしか周りの人間(男ども)は薫をこう呼ぶようになった。
〝ロリかおりん”
もちろん本人はその愛称をしらない。
大学に入学してから今まで……実家へ帰る母親の同行を断り続け、休暇の申請も一度もせず、家の用事にも無関心な仕事漬けの娘に、とうとう母親がキレた。
『お婆ちゃんの三回忌に帰郷するから休みを取りなさい。一緒に行かないなら、家から追い出します』
……と、脅された薫は、仕方なく母親に同行した。
実家を出て好き勝手が出来る事には魅力を感じるが、家から職場まで徒歩20分、朝食弁当夕食付きの便利な生活を手放すのは惜しすぎると言う訳だ。
おまけに、上司も母親の味方をする。渋々と休暇申請を提出した薫に、美しい上司は頷くとこう言ったのだ。
「あのね、海野さんが休むとウチの課は正直しんどいの。でも貴女さぁ気が付いていた? 入庁してから一日も有給休暇を取っていないのよ。い・ち・に・ち・も・よ? 最近では有給休暇を消化できない職員は査定に不利なのよね、そこんとこ理解して3日と言わず1週間休みを取っても良いのよ。ってか、命令です。休みなさい!」
「ええっ!?」
今何と仰った? まぢですか? と、内心で慄いていた薫の目の前で、上司は3の数字を7に修正した後ポ―ンと判を押した。
「はい人事課に提出」
……そして今に至る。
海のすぐそばを走る県道を進むと、その先に見憶えの有る風景が近づいて来た。北にこんもりとした山を従えた平屋の大きな日本家屋、影を作る大きなクスノキ、家の前の空き地には数台の乗用車が停まっていた。タクシーから降りた薫は何の気なしに車のナンバーを眺める。
神戸、高松、愛媛、愛媛、愛媛。そして、隣の高台に停めてある品川。
神戸と高松と愛媛は分かる。神戸在住の伯母さん夫婦と、その子供で高松の会社に勤める同い年の従姉とその弟で愛媛の大学院生の車だ。ほかの二台の愛媛ナンバーは、この大きな家に住む伯父さん夫婦とその息子夫婦のもの。
高台の本家の敷地に停めてある品川ナンバーの車はだれだろう?……そう考えながらも首の後ろに産毛が逆立つような、妙な感覚がする。胸がザワザワと騒ぐのは何故? ぼんやりとその高級車を見上げていた薫の元に、パタパタと駆け寄る音がした。
「か――お――る――!」
「あっ、優香(ゆか)ちゃん!」
「「久しぶりっ!!」」
久々に会った従姉の優香と抱き合う薫。それを横目で捉えながら『またか』と呟くのは従弟の快人(かいと)だ。
「叔母さん、荷物持つよ」
薫達より一歳年下の快人は、24歳になってもまだひょろ長い手足を持て余している。細く長い腕でひょいと2つのスーツケースを持ち上げて母屋に向かった。その姿はさながら永遠の少年の様だ。
「快人くん、相変らず、カワユイね」
薫の言葉に優香が眉を顰めた。
「いや、外見に惑わされさんな、アイツはかなりの肉食だよ」
「え、そうなの?」
「おぅ。薫、喰われるなよ」
半分本気の表情で従妹を脅した優香は、薫の視線の先にある高級車を話題にした。
「雅彦さんが帰ってるんだってさ」
「あ、そうなんだ。えっと……本家のオジサンの7回忌とか?」
そうして薫は、西側の少し高台にある中二階建ての立派な古民家を見上げた。その古民家は、薫の母の実家から徒歩10分ほど先にある、海野一族の総本家だ。薫が子供の頃は、その家に一族の長であるお爺さん(薫の祖父の兄だが)が、家政婦代わりの夫婦と住んでいて、盆休みになると息子家族が帰省していた。お盆には薫達も本家に呼ばれて連日『お客』と称する宴会が行われていたのだった。
薫や優香も広間の隅で、オレンジジュースと皿鉢料理(さわちりょうり)を頂いて、子供同士楽しくはしゃいでいた。
本家の跡取りの一人息子の雅彦は、薫達より5歳年上で、いつも本家のお爺さんの隣で未成年にも関わらず何故かビールを注がれ、無表情を崩さずに正座していたと言う……すこし近寄りがたい人だったのだ。
「7回忌は去年、なんでも春ごろからこっちに戻ってたって。家の中を改装して一人で住んでいるらしいよ」
「え、だって、東京ですごく成功したはずじゃ……」
「うん。なんでも、此処でも仕事はできるとかって言ってたらしい」
「へぇ……」
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