5.白磁の葉(2)

 夜も遅くなってから、ニナはやっとオークルウダルー村の宿に戻って来れた。アマネの言った通り、遺跡から村までオレンジ色の花で道が出来ていた。助かったには助かったけれど、地形を考えずにひたすら真っ直ぐに村を目指してくれたようで、ニナはへとへとだった。

 宿の一階は普通の食堂として営業していて、中に入るとティサトとラルゴが待っていた。

「ニナっ!」

 駆け寄って来たティサトに抱きしめられ、ニナは面食らう。

「どこまで行ってたの? 心配したんだから」

「え?」

「追いかけて、あの屋敷まで行ったのに、ニナったらいないんだもの」

「あそこに行ったの? どうして? 私、ちゃんと戻ってくるつもりだったのに」

 ニナがそう言うと、ティサトはニナを体から離した。なんだか難しい顔をしている。

「とにかく座ったらどうだ? 寒いだろう。何か食べるか?」

 ラルゴが横から言い、ニナはとまどいながらもうなずいた。朝食べてから何も食べていない。思い出すと途端に腹が鳴った。

 ラルゴは笑って、一度ニナの肩を叩いてから、奥のカウンターに注文に行ってくれた。

 ティサトはニナの手を引いて椅子に座らせてから、隣に自分も座る。ニナの手を包み、温めるようにさする。

「ニナがいろいろ一人で出来るのは知ってるわ。でもね、私たちだってニナのためにいろいろしてあげられるのよ。連れ去られたってわかったら、探して助けに行くわよ。だから、ちょっとは信じて、私たちを頼りなさい。心配させないで」

 いつも綺麗に塗られているティサトの瞼の色が少し落ちかけている。しかし、真剣な瞳はニナの目を捕らえて離さない。

 ティサトに気おされたニナは、

「でも、エヌはいつも全然、そんなの……」

「エヌだって心配してたわよ。アケミをニナの側にやって、何かあればいつでもわかるようにしてたから、気にしてないふりが出来ただけよ」

「え……?」

 ニナは動揺した。そんなこと考えたこともなかった。

「私たちに相談しないまま、一人でどこかに行ったりしないで」

 ――エヌみたいに。

 ティサトが言わなかったことがニナにはわかる。

「いいわね?」

 ぎゅっと力を込めて手を握られ、念を押される。

「うん」

 ニナは素直にうなずいた。

「ごめんなさい」

 謝ると、後ろからラルゴの手が頭に伸びる。

「違うだろう? こういうときは」

 大きな手で頭を掴まれ、ニナは首をすくめた。

「ありがとう」

 ラルゴは笑って手を離し、ティサトはもう一度ニナを抱きしめた。

「本当にね、心配したのよ。時の魔女が探さなくていいって言わなかったら、森の中まで追いかけてたわ」

 ティサトがしみじみ言う。

「先生に会ったの?」

「通信鏡でね。エヌじゃないってわかったから帰してくれるって言ってたんでしょ? どうして大人しく待ってなかったの?」

「だって……。あのサクシマっていう男の人にも会った? あの人、なんか胡散臭いんだもん」

 ニナが言い訳すると、ティサトとラルゴは吹き出した。そして、二人とも否定の言葉は言わない。

 そこで料理が運ばれてきた。

 野菜がいっぱい入ったシチューとパン。それは三人分あった。

「食べないで待っててくれたの? ごめんなさい」

「心配で食べてる場合じゃなかったのよ」

「ごめんなさい」

「いいから、さっさと食べろ。まともな料理は久しぶりだろ」

 そう言うラルゴにうなずく。モニエビッケ村を出てから、ラルゴの持っていた保存食しか食べていない。

 そこで、こうやって誰かと食卓を囲むのは、エヌが亡くなって以来だと気付いた。エヌがいなくなってからは、食材だけは村の代表が定期的に持って来てくれていたけれど、ニナはそれを一人で料理して一人で食べていた。

 少し泣きそうになって、ニナは下を向いてシチューをかき混ぜるふりをしてごまかす。

「森を通って来たんだけど、途中で迷っちゃって……」

 ニナが言い訳すると、ティサトはニナの髪に顔を寄せた。

「そういえば、あなた、何か甘い匂いがするわね」

「ああ、確かに」

「えっと……迷ったときに魔法を使ったら、花が咲いて……その匂いだと思う」

 アマネのことは、ニナの父親に繋がるから、秘密にしておいたほうがいいかもしれない。ニナは適当にごまかした。

 アマネの道案内の花は、逆に辿れば村から遺跡に行けてしまうのでは、と心配になったのだけど、村に着いてから振り返ったら跡形もなく消えていた。それどころかニナが歩いてきた足跡も消えていた。――徹底している。だから、遺跡の話もできない。

「エヌも言っていたけど、ニナは、自然の中の魔物と相性がいいのね」

 ティサトが感心したように言うと、ラルゴはなぜか首をひねっていた。

「花が咲くのは、魔法を使うときにはよくあるのか?」

「私は初めてだったけど……」

 ニナが言ってティサトを見ると、彼女は後を続けてくれた。

「そうねぇ。そもそも、花が咲いているときに魔法を使うことの方が多いから、よくあるって言ってしまっていいかどうかわからないけれど……、魔法を使ったときに花が咲くのは不思議じゃないわ」

「そうか……」

 腕を組んで考え込むラルゴに、ニナは聞く。

「どうかしたの?」

「いや、前に嗅いだ事がある気がするんだが……何の匂いだったかな。……魔法で咲いたって、どんな花だったんだ?」

「オレンジ色の小さい花。草じゃなくて木の花なんだけど……」

 葉が白かったとは言わずにおく。

「うーん、やっぱりわからん。……悪かったな、気にしないでくれ」

 そう言われてしまうと、ニナに言えることはなかった。

 今度はニナがティサトに聞く。

「そういえば、先生、何か言ってた? どうしてエヌを探してるか、とか」

 ティサトとラルゴは顔を見合わせた。そして、ティサトが口を開く。

「教えてもらったんだけど、ニナには言わないようにって口止めされたの」

「えー!」

「悪いけど、私も先生の恨みは買いたくないから。ごめんね」

「すまんな」

 ティサトとラルゴを順に見て、ニナはため息をついた。

「わかった。時の魔女が相手なら仕方ないよね」

 ティサトが顔をしかめる。

「先生、楽しそうだったわ」

「それ聞きたくない」

 時の魔女が楽しんでやることなんて、碌なことじゃない。

 何を考えてるんだろう。

 ニナの目的地にいるって言っていたけれど、当面の目的地は、リーンのいる場所だ。時の魔女の居場所を占ったらリーンに行きつくだろうか。そう単純なことではないのか。

「私は、明日、モニエビッケ村に向けて発つわ」

 ティサトの言葉に、ニナは食事の手を止める。

「え? どうして?」

「エヌの手紙にあった『私の最後の魔法をあなたに』――エヌの家に行って確かめてみようと思うの」

 静かに決意を秘めた声で、ティサトは言った。

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