第121話 今日もどっかんどっかん大騒ぎ
戦闘魔法以上の威力を秘めた爆発で大混乱に陥った戦場の中、立ち込める土煙を眺めながらいたずらめいた表情を浮かべるアリシア。
さっきの“狙撃”はズルいなんて微塵も思っていないんだな……。
周りにいた兵団員たちは内心でつっこんだ。もちろん、声に出すバカは誰ひとりとしていない。
「総員、砦へ! ぼさっとするな!」
アリシアの叫びに一瞬呆けかけていた兵士たちが弾かれたように動き出す。
刻一刻と状況が変化する戦場でグズグズしている暇はない。ついさっきの爆音が合図となり、後方で支援に回っていた銃兵隊が独自に動き始めているからだ。
もしここでアリシアたちの制圧が遅れれば、相手の混乱を突いて砦に向かう歩兵たちが敵騎兵の襲撃を受け潰れてしまう。まことに遺憾ではあるが、銃兵をもってしても今の数で突っ込んでくる騎兵を押し返すことは不可能だ。
鳴り響く銃声とそれがもたらす威力を目の当たりにしたランダルキアの騎兵が及び腰になっているのは間違いない。最大のアドバンテージである突撃力を発揮する前に致命傷を与えてくる敵など想定外もいいところで安易に近付こうとはしないだろう。
だが、それも防衛拠点である砦を狙っているとなれば話は別だ。
ランダルキア主力に余裕が産まれる――――ヴィクラント貴族部隊が蹴散らされる前に事を進める必要がある。つまり時間の無駄は一切許されない。
「目的は内部への突入および制圧! その他には構うな! 弾の無駄だ!」
「アベル殿! 貴部隊の側面は我らと進み出てくる辺境伯軍本隊が守ります! 貴殿たちは速やかに砦へ! ……ヴィンフリート様を頼みます」
アベルの叫びにリュディガーが呼応する。
「……承知した!」
一瞬の迷いの後アベルは答えた。
自分たちを砦に進ませるため肉盾になろうというのだ。
当然ながら援護の間、敵の攻撃に晒されるリュディガーたちは大きな損害を被ることになる。下手すれば彼とて死にかねない。戦場の女神は前線では割と公平性があるともっぱらの評判だ。
しかし、危険を冒さずして勝利はなく、誰かがその役目を負わねばならない。
すくなくともリュディガーは打撃力に優れたアリシアたちが突撃を仕掛けるに適任だと判断したのだ。
「辺境伯家の勇気を無駄にするな! 最短で駆け抜けて支援に移るわよ!」
敵を撃ち殺しながらアリシアは迷わず叫ぶ。
“露払い”はアベルが代わってくれた。ならば、あとは指揮官たる自分がやるしかないのだ。
だから、戦いが終わるまではひたすらに駆け抜ける。やらなかったことで後悔するわけにはいかなかった。
付き従うマックスやギルベルトをはじめとした兵士たちもそれは同じだった。
ここまでお膳立てをしてもらっておきながら戦果を挙げられないような者にいったいどれほどの価値があるだろうか。
戦果を挙げずにおめおめ帰ろうものなら殺される。いや、もちろんそれは比喩表現だ。しかし、訓練を無駄にしたタマなしの
「砦はすぐそこだ! 代行殿に遅れるな!」
兵団の指揮官としてマックスが張り裂けんばかりの声で吼える。そこにはかつてボンボンと呼ばれた面影も欠片も存在しない。彼になら今後はより大きな部隊を任せても大丈夫だろう。
「立ち塞がる敵のみ倒せ! 残りは後からいくらでも料理できる! 追いかけるケツを間違えるな!」
もうひとりの中隊長であるギルベルトも負けじと叫ぶ。かつて彼が目指していた騎士とは少々異なる方向に変わってしまった気もするが、頼もしさでは劣るどころか騎士に引けを取るものではない。
ふたりに続く兵団騎兵たちも脇目も振らず砦へと向かっていく。
「本当にイイ
邪魔な騎兵を狙い撃ちにしながら進む中でアベルが話しかけてくる。
「ええ、ここで死なせるには本当に惜しい
笑いながら答えるアリシア。すでに兵団は意識を共にして戦えるだけの精兵となっていた。せっかく育て上げた彼らをこのような戦場で失うわけにはいかない。
極端なことを言えば、ヴィンフリートに匹敵する重要度だった。彼らはもう自分たちの身体の一部も同然だ。兵団なくしてアリシアはこの国で確たる地位を得ることは難しい。欠けることは許されなかった。
「自分も同意見です。出し惜しみはしない方向でいきましょうか。迫撃砲による支援を提案します」
「許可するわ」
アリシアは即答する。
次の段階として、砦の上から弓を放ってくる敵を減らさねばならない。
当然ながら近寄れば近寄るほど相手の命中率が上がってくるし、このまま安易に内部へ突入すれば、四方八方から矢を射かけられる殺し間に自分から突撃することになる。
こちらに戦車や装甲車があるならそれでもいい。なんなら外から砦を破壊するだろう。
だが、あいにくとアリシアたちは馬に乗って身体を晒している状態だ。矢の的にしてくれと言っているに等しく、事前に砦の敵戦力を減らしておく必要がある。
見えないような距離からの攻撃など、今までこの世界で繰り広げられてきた戦からすれば横紙破りもいいところだろう。
しかし、確実に勝てる手段があるにもかかわらずノコノコ相手の土俵に降りていく必要などない。戦は貴族サマの遊びではないのだ。
「こちら
『こちらゲッコー、送れ』
通信機を起動させて声を送るとエイドリアンから返事が返ってくる。
「これより我らは砦に突入する。近接火力支援を頼む。準備はどうだ?」
自ら突撃する司令部など聞いたこともないな。
アベルは自分で考えていて噴き出しそうになる。
『すでに照準は合わせてありますよ。こちらはそちらから見て左翼の向こう側、砦から約700mの林に潜伏しています』
「上出来だ。試射を開始せよ」
『Rog.』
返事と同時に通信機越しに圧縮された空気が筒を抜けるような音が響く。
程なくしてほのかな風を切り裂く甲高い音。ほぼ同時に砦の内部で爆発が連続して起きた。
エイドリアンが運び込んでいたM252 81mm 迫撃砲が砲弾を発射したのだ。
『報告求む』
残念ながら付近は大きく開けているため観測に仕える高所があるわけでもなく、感覚で距離の修正を判定するしかない。
「弾着確認。効果
やや大きめに修正させ手前30mとするよう指示を出し、次いで修正射が実施される。
このように、最初から砲の全火力をもって射撃を行うことはない。
元々の照準およびFOの目標位置決定に誤差を伴っていることが主な理由だが、結局のところ基準をひとつにしておかなければ成果が期待できないのだ。
迫撃砲に限った話ではないが、要求された火力支援を効率的に遂行するには、一連の火力支援の過程を『修正射』段階と『効力射』段階に分け、その前段階として1門の砲を基準砲に指定して『修正射』を行って弾着点を目標の近くまで導く。
続いて、後段の『効力射』の段階では、『修正射』で得た射撃結果に基づき、用意した全砲をもって最大発射速度で目標を砲撃するのだ。
アベルの要求をもとに放たれた修正射が砦の城壁の上で弓を構える兵を吹き飛ばした。
「
『了解、効力射を開始する』
持ち込んだ3基のM252が全力で射撃を開始。砦の城壁で立て続けに爆発が上がり、アシリアたちが進む方向の弓兵たちが容赦なく吹き飛ばされていく。
「露払いが完了しました! 突撃よし!」
「突撃! 一気呵成にやるわよ!」
万全の状態で馬が破壊された門を抜けてアリシアたちは砦内部に突っ込んでいく。
「総員下馬!」
迫撃砲によって前面部の弓兵は一掃されたが、内部にまで入れば別のところから射かけられることに変わりはない。そこでアリシアたち突入部隊は内部に入ると同時に馬を降りる。
とはいえ、そのままでは後続と追突事故を起こしてしまうので、馬はそのまま乗り手なしで内部へと走らせる。
「ふざけた連中に一斉に矢をお見舞いしてやれ!」
砦の守備隊長が入口へと向かいながら怒りのまま叫ぶ。
その声に煽られるように、弓兵たちは戦場での興奮のまま突っ込んできた馬へと一斉に射かけたが、その背に主人の姿はなかった。
「人が、いな――――けぺっ……!?」
驚愕の声はそのまま遺言となった。馬たちに気を取られていた弓兵は矢を
「て、敵が侵入! すでに入り込んでいるぞ! 叩き出せ!」
まさかヴィクラント兵にここまでのことができるとは思っていなかった。かの国は長らく戦争を経験していない。口先だけの連中とナメきっていたのは間違いない。
事実、主力とぶつかっている貴族たちの率いる軍はランダルキアに圧し負けつつある。
しかし、今この砦に突っ込んできた連中はなんだ。とんでもない打撃力を有している。こんな兵など帝国ですら持っていないかもしれない。
頬を伝い落ちる汗を感じながら走る守備隊長。そんな彼の前にひとりの少女が曲がり角から飛び出してきた。暗がりの中でもわかるすらりと伸びた手足と意志の強い
「なんだ、貴様は!」
問いかけつつもこの場の見知らぬ顔が敵以外にいるはずもない。守備隊長は引き抜いた両手剣を少女目がけて容赦なく叩きつける。
殺してしまうにはもったいないほどの美貌だった。とはいえ、命がかかっているギリギリの戦場で手加減などできるはずもない。
しかし――――
剣よりも速く旋回したM-14の
「ごめんなさいね、急いでいるの」
さらっと謝罪の言葉を残してアリシアは進んで行く。
当然ながら、顎を砕かれ意識を吹き飛ばされた守備隊長にその言葉は届かなかった。
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