第105話 The Call of the Mountains


 王都から北東に進んだ地域、人里離れた山道を進んで行く騎馬の集団があった。

 その数、およそ20騎。ヴィクラント王国が誇る第2騎士団である。


 シンプルだが美しい意匠の彫り込みがされた鎧に身を包み、立派な体躯を誇る馬に跨った堂々たる歩の進め方はまさしく絵物語に登場する騎士そのものだ。

 彼らの中には子どもながらに勇壮な姿を見て騎士の道を志した者も存在することだろう。


 しかし、彼らが進む先に待ち受けるのは戦場ではなく、山中へ籠る“盗賊”――――に扮した公爵領の軍人たちだ。偽装もなにもなく木々の間から差し込んでくる陽光を受けて鈍く輝く鎧は遠くからでも目立つことこの上ない。


「まったく、いくら模擬戦であれ、我ら騎士が盗賊の討伐など……」


 若い騎士から不満げな声が上がる。


 王都から東側の王国支配領域を管轄しているが、直近彼らが盗賊の討伐以外で実戦を経験したことはない。

 もっとも、それは彼ら第2騎士団だけの問題ではなく、他の騎士団も程度の差こそあれ同じようなものだった。

 言い換えれば、それだけこの国が長きに渡って平和を謳歌できていたとも言えるし、国境線を巡る小競り合いなどであれば、対処するのは騎士団ではなくそこへほうぜられた領主の仕事とされていたためだ。


「そうだな。いきなり模擬戦などというから身構えていた結果がこれでは、第2騎士団も舐められたものだ。しかも、新設された公爵領の部隊が相手など話にならんだろうに……」


 馬上で2番目に身なりのいい男が若い騎士に賛同の声を上げる。


 第2騎士団の副団長を務めるルドガー・バスレ・グレッツナー男爵だった。

 騎士団の中でも比較的年若い方だが、父親の急逝を受けて爵位を継承し、騎士としての実力も悪くなかったために副団長の地位に就いた経歴を持つ。


「お前ら、そう愚痴を漏らすな。たかが模擬戦、されど模擬戦だ。これに勝てばウィリアム殿下の覚えもめでたくなる。次期国王陛下になられた暁には我らが近衛騎士団に昇格することも夢ではないかもしれんぞ?」


 騎士団長のマンフレート・ヴィス・バルシュミーデ子爵がいきどおる部下をたしなめる。


「近衛騎士団ですか。しかし、そのような栄達が可能なのですか?」


「普通であれば不可能だな。いいところ個人の武名での転属が関の山だろう。しかし、国王陛下が代替わりをなされる際に近衛が一新されることは知っていよう?」


「ええ、聞いたことはあります」


「代替わりをしても尚旧臣を抱え込んでおくのは何かと差し障りがある。つまるところ、我らからすれば絶好の機会ともいえるな。しかし、これもまた何もなければ序列1位の第1騎士団が昇格して終わりだが、今回はそれを覆せる可能性がある」


 マンフレートが口にすると、周囲の騎士たちの瞳が光る。


 今までの会話でも出たように、当然ながら騎士団にも序列があった。


 ヴィクラント王国には第1から第5までの騎士団が存在しているが、基本的には数字順で王都守護の任を受け持つ第1騎士団が最上位とされている。

 どの騎士団も本拠地は王都なのだが、どこの領域を担当しているかで発言力が異なるのだ。


 そして、ここにほぼ超えられない壁があり、その向こう側に王宮を守護する近衛騎士団が存在する。

 王が崩御しない限り総入れ替えなどあり得ない近衛騎士団はまさしく特権階級と呼べた。

 任ぜられるだけで爵位が上がり、領地を持たずとも貴族年金が大幅に増額されるのだ。どの騎士団もいつか近衛の地位にと日々夢見ている。


「第4騎士団の連中はそうそうに諦めたのか、団長のエルハゼン卿が観戦武官として向こうを見に行っているらしいが……」


「上昇志向のない負け犬でしょう。だから第4騎士団のままなのです」

「そうです。この模擬戦で我らの名を国中に轟かせましょう」

「所詮、アンゴールは蛮族。小規模な部隊を下したごときでデカい顔をするなど笑止千万」


 揃って騎士たちが声を上げる。どこの騎士団の団員も、自分たちが所属している騎士団がもっとも優れていると思っているのだ。


 ちなみに、負け犬扱いされたエルハウゼン子爵の第4騎士団は西方を担当しており、以前からクラウスおよびオーフェリアとの親交があった。

 彼ら第4騎士団も当然のように実戦経験は皆無に等しく、アンゴールとの戦いへまともに参加すればひとたまりもなかったであろう。

 そんな身の丈を理解しているからこそ、王立の騎士団であることだけを理由に高慢な振る舞いは避け、なるべく無理をしないようにしていた。


 滅多なことでもなければ先にも述べたように騎士団の序列が入れ替わることなどなく、それなら開き直って西部方面軍と協力し、盗賊や魔物の討伐などの“業務委託”を受けている方がよっぽど利益があるのだ。

 特にアンゴールを介した西方領域との交易によって流通が活発化している現在は演習の名目で隊商の護衛なども引き受けており、その報酬で内情はかなり潤っている。訓練費用も潤沢になりつつあるため、今後は公爵領軍との交流で訓練なども重ね練度を上げていくつもりだった。

 おそらく、現状もっとも勝ち組に位置する騎士団であろう。


「幸いにして、相手側に騎馬戦力はないと演習統裁官とうさいかんから聞いている。こちらはいつも通り騎兵で蹂躙するだけなのだ。これほど簡単なこともあるまい」


「はぁ? 騎馬戦力がないですって? 今時、盗賊でも馬の数騎は持っているでしょうに。相手にはそれほどまでに金がないのですか?」


 ルドガーの嘲笑を受け、騎士たちの間から笑いの声が上がる。


 そんな状態で騎士団を迎え撃とうとするとは……。


「生身で騎馬戦力を相手にする愚を知らぬとはな。演習とはいえ、騎馬の突撃を受ければ死人のひとりやふたり出ても不思議ではあるまい」


「ははは、我らを舐めた授業料を身体で支払わせるということですか。バルシュミーデ卿もお人が悪い」


 頭の中ではすでに壮大な勝利の図式を描き始めている彼らだが、この時点で失念していたことがある。


 対抗側はアンゴールの騎馬戦力を少数で完全に退けた集団であり、指揮官まで討ち取っているのだ。どこまでが真実であるかはさておき油断などしていい相手ではない。

 そもそも、馬と共に生まれ、馬と共に死ぬといっても過言ではないほど騎馬というものを突き詰めたアンゴールを、文化が違うというだけでなぜ蛮族の一言で片付けてしまうのだろうか。


 もしもこの場にアリシアや海兵隊メンバーがいたらこう言っていたに違いない。


「戦力を不当に過小評価したことで勝率を著しく低下させたケジラミども」と。


 あるいは、そうなってしまうのも、一連の情報を対抗勢力である貴族派筆頭のアルスメラルダ公爵の単なる宣伝戦プロパガンダとして処理してしまったからか。

 理由としては複数考えられるが、それらすべてはひとつの感情に帰結するものだった。


 騎士という地位にいるがゆえの“慢心”である。


 だからこそ、彼らは最初の一撃にも対応ができなかった。

 まさか敵の姿も見えない状況で山の奥から狙い撃ちされるとは思っていなかったのだ。



 ――――さぁ、“狩りの時間”ね。



 事が起きる直前、どこから風に乗ってそんな声が聞こえてきたような気がした。















※20/3/10 ふと物足りなく感じたので、第3章最終の92話で、最後に少しだけ加筆しておきました。思い出した頃に恋愛を……。

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