第100話 ボクが訓練兵になったワケ②
そもそもギルベルトが公爵領に来たのは食い詰めたわけでもなければ、冒険者がイヤになったわけでもなく、ちゃんとした理由があった。
食客として世話になっているアルフォード商会の次男坊が箔をつけるための護衛兼付き添い――――それが名目となっている。
大したものもない荷物を置くと同時に召集を受けた。
広場に出てまとまって――――というのも変な話だが、だらしなく座っている平民や異種族たちと微妙に距離を置いていると、妙な格好をした者たちが出てきた。
「傾注! これより領主代行を務められるアルスメラルダ公爵家ご令嬢アリシア様からお言葉がある!」
わけがわからなかった。なぜ領主代行がこんなところへ出てくるのか。
それもアリシアがその地位にあるという。考えてもまるでわからなかった。
湧き上がる疑問を味わっている暇もなく、ギルベルトたちは妙な格好をしている者たちに指示を受け整列させられる。
それからアリシアの言葉があって、早速バカなエルフが吊るし上げられた。
「わたしが欲しいのは統率下で戦力になる人材よ。性別だとか種族だとか、そんなくだらないプライドばかりが先行して、物事に正確な判断が下せない人間ではないわ」
いかに精鋭を育て上げることが目的だったとしても、アリシアが見せたやり方はあまりにも苛烈だった。
平民に幾ばくかの出世の見込みがある領軍でもここまではやらないだろう。
貴族として教育を受けたせいで、異種族に対する好感情など持っていないギルベルトでも顔を顰めそうになるものだったが、言われてもみればもっともな部分でもある。
雇われる側が無駄口を叩いたのは心まで売ったわけではないとプライドを見せたかったのかもしれないが、あれは勇気などではなく蛮勇というのだ。
下がっていく公爵令嬢の代わりに、周囲に控える妙な格好――――深緑の衣服と茶色の帽子を被った男が進み出てきた。
ギルベルトはすぐにその人物に見覚えがあると気付く。アリシアの従者を務めるアベルだった。
「聞け!!今日から8週間かけてこの訓練部隊の――――以後、訓練中隊と呼称する――――総指揮官アベル・ナハト・エルディンガー
いきなりの罵声を受けながらも、ここでギルベルトは朧気ながら得心に至った。
おそらく、この訓練こそがアリシアが夏を境として劇的な変化を遂げるに至ったものなのだと。
アベルもアリシアも自分の存在に気が付いているはずだ。
だが、視線をこちらに向けてくる様子はまるでない。
もしもここでひとことギルベルトに声をかければ、自分は間違いなく他の訓練兵たちから目をつけられるだろう。
警戒はされているだろうが、ひとまずまともに扱ってはくれるようだ。
「 ……そこの背の高い優男、貴様を暫定的だが
そんなことを考えているとマックスが何やら指名されていた。
単語単語に聞き慣れないものが混じっているが、どうやら訓練兵の中のリーダーに任命されたらしい。
偶然にしてはできすぎているとギルベルトは思わず笑いそうになるが、それだけはできなかった。
表情を平静に保ち、アベルの罵声を聞いているとそこでまた人員の交代が起きた。
訓練を施すのはアベルではないのかと若干の失望を覚えていると、魔物のような大男がギルベルトたちの前に立った。
「“
訓練兵たちを
「 ……しかし、なんだ貴様ら? どいつもこいつも訓練前から死にかけの鶏みたいなツラを晒しやがって反吐が出そうだ。 雁首揃えてよくもこれだけクズが集まったものだ。兵士になるなんぞと息巻いてはいるが、
そこからしばらくの間、最上級曹長を名乗る男によって訓練兵たちはたっぷりの罵声を浴びせかけられる。
よくもまぁこれだけ人を罵るための言葉が出てくると逆に感心したくなるほどだ。先祖や親にまで及ぶ罵倒にはさすがに腹も立ったが、それでもギルベルトは見誤らない。
このメイナードという男はわざと訓練兵を激怒させようとしている。
忍耐力を計っているのもあるだろうし、ここで上下関係を徹底的に叩き込むつもりなのだ。
ここまでひどくはないが、騎士団でも似たような通過儀礼的なものがあると父親から聞いていた記憶が蘇っていた。
そもそも、あのアリシアが教官役として連れてきた人間が一筋縄で済むはずがないのだ。
あの夏の終わりに、地面に這わされた記憶が今も心の中に刻みつけられている。
「い、いいかげんにしやがれ、テメェ! さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! 俺だけならまだしも親まで腰抜け扱いしやがるたぁもう許さねぇっ! 俺がやってやらぁっ!!」
案の定、キレて出ていった獣人が一撃でやられた。
身のこなしから薄々勘づいてはいたが、
アリシアに敗れた時のように、おそらく彼らは人体へ効率的にダメージを与える術を熟知しているのだ。
あれだけ興奮した魔獣の咆吼のように罵倒を繰り返していながら、いざ戦いとなれば一切無駄のない動きでもって相手を打ち倒す。
ここにいる教官たち、誰も彼も皆冷静に狂っているとしかいいようがない!!
戦慄を覚えている間にもメイナードは訓練兵たちに罵倒を繰り返し、今度はふたり……エルフとドワーフと組み合わせが叩きのめされた。
あまりにも見事すぎる手際だ。人間を壊し慣れている。
冒険者生活で多少は鍛えられたはずのギルベルトでも恐怖を感じずにはいられない。ましてや今までその手のない経験がないマックスなど心中でどうなっていることか。
視線だけを向けると、案の定“
「貴様ら全員聞け!!」
メイナードの言葉に全身が直立不動となり、視線だけが動いて訓練教官へと集まる。今度は誰も反抗的な態度を取る者はいなかった。
当然だろう。ギルベルトは思う。誰だって訓練で死にたくなどない。
「見ての通り、今の貴様らはシメられるだけの雌豚だ。だが、この訓練に生き残ることができたら各々がひとつの武器となる。ただの兵士ではない。
誰もが驚いていた。当然のことながらギルベルトもマックスもだ。
ヒトとそれ以外の種族を平等に扱うと宣言することなど正気の沙汰ではない。
種族を根絶させるような真似まではしていないにしても、ヒト族国家において領主の意向を受けて動いている組織が口にしていいものではなかった。
この連中は教会に異端認定でもされたいのだろうか?
「俺たちの使命は紛れ込んだ役立たずを刈り取ることだ! 愛する中隊の害虫をな! わかったか、ウジ虫ども! 貴様らのようなクズどもがこのアルスメラルダ公爵領の遊撃兵であるならこの地は遠からぬうちに終わりだ。俺たちはこの国の市民になるんじゃなかったと後悔するだろう」「だが、そんなことにはさせん! 俺は国のために貴様らを鍛える! 貴様らが泣いたり笑ったりできなくなるまでシゴいてシゴいて、ブラ下げた竿から血も何も出なくなるまでシゴき抜いてやる。覚悟しておけ! 泣き言は許さん。落伍も許さん。仲間を見捨てることも許さん。この中隊に入ると決めたからには死ぬかまっとうな兵士になるかのどちらかひとつだ。あるいは両方かもしれん。今ここで覚悟を決めろ!!いいか!!」
語り続けるメイナードから視線を外してさまよわせたギルベルトは目撃する。
誰もかれもがほぼ同じ――――どこか納得してしまったような表情を浮かべているのを。
――――あぁ、そうか。正気じゃないから平然とこんなことができるのだな。
期せずして種族の垣根を超えた、奇妙にして奇跡の一体感が集まった男たちの間に漂っていた。
おそらく、この時からだろう。
ギルベルトを含め、皆が本当の意味で訓練兵となったのは。
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