五年二組の家畜少女

日隈一角

プロローグ “家畜少女”と“人殺し”

「このクラスには、“”がいます」


 ぼくはまず、そのように切りだした。

 今は教壇の上に立っているから、クラスメイトみんなの顔が見渡せる。東條小学校、五年二組の生徒たちの顔が。

 ……どうやらクラスメイトのほとんどは、ぼくの発言にどう反応すればいいのかわからず、戸惑っているらしかった。ひそひそ話し出す子もちらほらいるから、教室がざわめいてちょっとうるさい。


「どうしたんだ、当真とうまくん。変なこと言いだして……。大事な話があるんじゃなかったのか?」


 困り顔の立花たちばな先生が、ぼくの隣から話しかけた。

 立花先生は、心優しい担任の先生で、子供の味方をしてくれる立派な大人だ。

『どうしてもみんなに話したいことがあるから、終わりの会の途中で教壇に立たせてほしい』というぼくの頼みごとにも、快く了承してくれた。

 そんな立花先生を困らせるのは、ほんの少し申し訳なかった。

 でも。


「ごめんなさい、立花先生。本当に大事な話なんです。長くならないようにしますから。お願いします」


 頭を深く下げる。すると立花先生は眉間に皺をよせ、数歩下がった。

 アタマのおかしな生徒のおかしな話でも、一応最後まで聞いてやろうということだろうか。ありがとうございます。

 さて。


「繰り返しますが、このクラスには“人殺し”がいます。そしてぼくは、みんなの前で“人殺し”を暴かねば気が済みません。なので、今からクラスにいる“人殺し”を告白します」

「当間君、“人殺し”がいるだなんて、冗談でも不謹慎だぞ」


 次は学級委員長の内藤ないとうくんが口を出した。きちんと挙手して発言するあたり、彼はまことに真面目な男子だ。


「そうだね、内藤くん。ぼくも、こんな物騒な話はしたくない」

「だったら」

「だけどね、内藤くん。同時に思うんだ。ぼくは“人殺し”を、みんなの前で断罪したいって」


 そう言って笑うと、内藤くんは目を見開き、怯えるように手を下ろした。

 納得いかない様子ではあったけれど、話は続けていいらしい。ありがとう。

 さて。


「ところでみんなは、五年二組にいた“家畜かちく少女しょうじょ”のことを、覚えていますか?」


 いつの間にか、ざわめきはどこかへ消え、教室はしんと静かになっていた。ぼくのはきはきとした声だけが、五年二組に響き渡る。

 

「ぼくの言う“人殺し”は、“家畜少女”に関係しています。……いえ、関係している、という曖昧な言い方はよくない。はっきりさせます。――

「おい当真」


 今度は鈴木すずきくんが口を出した。クラスのみんなの視線が、ぼくから鈴木くんへ移動する。


「話がおかしいだろ。だってさ、“家畜少女”は」

鈴木すずき敦也あつやくん」


 ぼくはフルネームで彼を呼んだ。目と目を合わせる。


「黙って」


 それだけで彼は口を閉ざしてくれた。

 普段は五年二組の中でも特に騒がしいきみが、ここぞというときにおしゃべりを止めてくれるなんて助かるよ。どうもありがとう。

 さて。


「もう一回言います。“人殺し”によって、五年二組の“家畜少女”は――優生ゆうきあいさんは、殺されてしまったのです」


『こいつはなにを言っているのだろう?』――みんなはそんな顔をしていた。

 そうだよね。

 そうなると思ったよ。

 だから、ぼくは。


「ぼくは、優生さんを殺した“人殺し”を、決して許しやしない。よって、ここで“人殺し”が誰かを明らかにします。殺人行為は、糾弾されるべきだと思うから」


 そこで、ぼくは一度瞼を閉じた。

 “家畜少女”。

 優生さん。

 優生あいさん。

 彼女との思い出が、走馬灯のごとく駆け巡り、その果てを見届け、ぼくは瞼を開く。

 さあ。

 待ってて。必ず、


「発表します。“人殺し”の正体は――」

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