#17 Dark Brown

 それから新年になるまでに、私はアカネと梨紗にそれぞれ一回ずつ会うことが出来ました。さして特別なことがあったわけではありませんが。


 梨紗はいつもより少しにこやかに見えました。私は彼女に誘われて、初詣に行く約束を立てました。明治神宮へ。神宮は私たちの高校のすぐ近くで、遠く離れた二人の家からの距離が、ちょうど同じになるような場所でした。

「神宮なんて本当に身近だったけど」と私は言いました。

「行くのは初めてくらいかもしれない」

「確かに。でもいいじゃない、楽しいと思うよ、きっとね」

 私はそれに頷きました。


 アカネに年末年始の予定を尋ねると、帰省するのだと彼女は言いました。

「どんなところなの?」

「広島の西の方よ、廿日市ってとこ」

 はつかいち、と私は繰り返しました。そうね、宮島のある市よ、と彼女は続けて言いました。いいところじゃない、と私が言うと、まあね、と彼女は返しました。まあね。

 私たちは、いつものように食堂棟から出て、手を振って別れようとしました。それから彼女は思い出したように「そうだ」と言って、私の方を振り向きました。

「よい、お年を」と彼女は言いました。私をちゃんと見て、微笑みながら。

「よいお年を」と私は返しました。

 私たちはそうやって別れて、そうするとそれからすぐに年末の休みが降ってきました。

 アカネと別れてから私はふと思いつきました。そういえば、彼女は成人式なんじゃないか、と。私は頭の中に、振袖を着る彼女の想像を浮かべました。

 彼女は一体何色を纏うんだろう。私は想像の中の彼女に、何色かの色を重ねました。彼女には何色でも似合うように私には感じました。そして私は、だからそれについてひどく興味をそそられました。全ての色が似合うなら、何色を選ぶのか、それは彼女の決断でしかないわけですから。つまりは、その色が彼女の色なのです。


 元旦の明治神宮は、原宿駅からずっと人ごみになっていて、私たちは、落ち合うことですら一苦労するような状態でした。

 梨紗は焦げ茶のコートに白いマフラーを巻き、チェックのスカートを履いていました。灰色の濃淡で構成されたチェック。それは何となく私に高校時代の彼女を想起させました。私たちは地味で、でもとても洒落た制服に身を包み、この辺りを歩いていたのです。その時の私たちは、今思えば馬鹿らしくなるくらい必死に、まっとうに生きようと努力していました。まっとうに。社会全体が子供に何となく、でも強く欲求する道に対して。

「私ね、去年も来たのよ、合格祈願に」と梨紗は言いました。

「クラス全員で。みんなが、希望する道を歩めますように、って」

 そう、と私は言いました。その話は聞いていました。最後のホームルームの時間、二組は皆で連れ立って神宮まで行った、と。ただ、彼女が二組だったことは、殆ど初めて知るようなものでしたが。

「厳しいものね」と彼女は言いました。彼女の言っていることは私にもよくわかりました。

「そうね」と私は返しました。「ほんとうに、そう」

 それから私たちは永遠に思えるくらい長いその列にしとしとと並びました。


 神前の祈りの後、原宿と渋谷の間の通りで、私たちは遅めの昼食を摂りました。

「ありがとう、付き合ってくれて」と梨紗は言いました。

「こちらこそ、ありがとう」

 私は彼女に笑みを浮かべました。千円ほどの、場所にすれば平均か低めくらいの、イタリアンでしたが、こっちの方がずっといい、と私は思いました。

 失うものを考えなくていい関係。

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