こいのぼり

 水住みなずみ魚田うおたは、担任教師であるとどろきの病室を出たところだった。


「車が爆発したって聞いて慌ててお見舞いに来たけど、先生思ったより元気そうで良かったね!」


「元気すぎるけどね。まさか部屋のドア開けた瞬間に満面の笑みでおっきな骨付き肉頬張った先生にピースされるとは思わなかったよ」


「ははは、でも良かったよ!」




 そんな会話をしながら待合室までやって来た時だった。


「?」

 先程まではなかったものが現れていることに、2人は気が付いた。

 満々と水が張られた、部屋の半分ほどを埋め尽くすくらいの巨大な水槽。その中を、4つの存在が悠々と泳ぎ回っていた。そのうちの3つは、色やサイズこそ違えど身体からだの構造が似ているように見えた。

 その3つは、どれも細長く、全身に多数の鱗が付いていた。内側から順に、黒、黄、青、赤と4色になった目が印象的だった。

 一番大きいものは黒い鱗、中くらいのサイズのものは赤い鱗、一番小さいものは青い鱗をしていた。


「こいのぼり?」


「だよね。へえ、きっと立派なやつだよこれ。でもなんで水槽に…… う……」

 こいのぼりとは明らかに異なるもう1つの存在を視認するや否や、水住は数年前にウオノメができた際のトラウマが蘇って反射的に目を背けた。

「あはは、昔みなっちが言ってたサメさんってこの子なんだ。今でも元気だったんだね」

 水住の反応からそのサメの何たるかを察し、魚田は苦笑した。


 水の中を泳ぐこいのぼりは、サメが一緒にいることもあってどこかシュールではあったが、空を泳ぐのとはまた違った生命力を感じさせるものがあった。

「いいもんだね。吹き流しがいないのはちょっと寂しいけど。何だろうねこれ、こどもの日に合わせて作ったロボットか何かかな?」


「そうかもね。あ、目井めいさ…… ん……?」


「おや水住さんに魚田さん。轟さんのお見舞いですか?」


「そうです、こんにちは目井さ…… ん……?」


「ああ、この子達を見てたんですね」

 何故か固まってしまった2人に気付かず、自身も水槽に向き合う目井さん。

「この子達はね、みんな傷を負って浜辺に打ち上げられていたんですよ」


「えっ、こいのぼりも?」


「ええ、この3匹はつい数日前ですね。3匹揃って砂浜に横たわっていたんです。誰かに噛まれまくったようで、ボロ布に見えるくらい全身ボロボロで危険な状態でして。でもうちに移植用の皮膚がなかったので、こいのぼりを新しい皮膚として被せさせていただいたんです。

 そうしたら思ったより馴染んで、ご本人達も気に入ったようでして。体調も良さそうですし、いやー良かったです」


「……待ってください目井さん。じゃあこのこいのぼり、みんなサメなんですか?」


「はい。

 ……どうしたんですか水住さん、頭を抱えてしゃがみこんで」


「気にしないでください。ちょっと色々と理解が追いつかないだけです」

 

 水住の背中を擦りながら、今度は魚田が発した。

「だから吹き流しがいないんだ、ビラビラめくれて中身出ちゃうもんね……

 あの、ちょっと疑問なんですが、サメをそこまで噛める生物って何なんですか?」

 目井さんはこともなげに答えた。

「海にはきっと、私達の知らない生物がまだまだたくさんいるんですよ」

 

「えええ……

 あともう一つ疑問なんですが」

 魚田は少し気後れするように目井さんを見上げた。


「何でしょう」


「目井さんは、どうしたんですか? その……」


「ああ、昨日みどりの日だったでしょう? だからです。ノリノリでこうしたはいいんですが、昨日お風呂に入れなかったもので」


「へえ……」

 魚田は全身を絵の具か何かで真緑に塗りたくった目井さんを怯えたように見ていた。

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