memories of taste

 五感って不公平だと思う。


 思い出の光景は、写真で見られる。

 思い出の聴きたい曲は、CDで聴ける。

 思い出の香りは、香水で嗅げる。

 思い出の触感は、クッションで触れる。

 でも、思い出の味は、その料理をもう一度食べる以外に享受する方法がない。


 小学生の頃、林間学校でみんなと作ったカレーの味。もう閉店してしまったレストランのオムライス。今は亡き祖父が作ってくれた味噌汁。

 ある程度思い出すことはできる。でも、思い出せるだけ。実際にもう一度体験できているわけではない。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚の4つは、感じたいことをもう一度感じる方法がある。でも、味覚はそうじゃない。

 もう一度味わいたいと思って自分で料理してみても再現が不可能なことも多いし、お腹がいっぱいの時には食べたくても食べられない。

 やっぱり、不公平だ。




 なので、目井めいさんに話してみた。


「言われてみればそうですよねえ。じゃあ、ちょっと発明しますね」

 そう言って、数日後。発明したというプラスチックでできた棒付きキャンディのようなものをくれた。

 口に入れて、思い出の食べ物を思い浮かべながら使うらしい。


 早速、あのカレーを思い出しながら口に咥えてみた。

 途端、あの味が、あの食感までもが、まるで食べているかのように蘇ってきた。

 同時に、あの林間学校の時の記憶―役割分担で揉めたこと、野菜を上手く切れなくてメチャクチャな大きさになってしまって、でも友達は「美味しけりゃいいんだよ」と言ってくれたこと、出来上がった頃には昼間の暑さが嘘のように寒くなってしまっていたけれど、カレーはとても美味しかったこと―も蘇ってきた。


 味だけを思い出したかったわけじゃない。その味に関連する思い出にも、もう一度会いたかったんだ。そう気が付いた。


 それからは、思い出したい味がある度に目井さんにもらった道具を使うようになった。

 懐かしくて、楽しくて、時には寂しかったりもして…… たくさん満喫させてもらった。

 

 けれど、その頃からだっただろうか。

 時々、ふらついたり、身体からだに力が入らなくなったりすることが増えた。特に、なんだか腹部に違和感があった。

 でも、味の思い出に夢中で、そこまで深刻に考えてはいなかった。


 


 ある日、仕事中に上司に呼ばれた。返事をして、立ち上がった。

 途端に。視界がぐらりと大きく揺れて。気が付いたら硬い床に倒れ込んでいた。




 目が覚めたら、病院だった。

 目が合った途端に、すごく心配そうな顔からほっとした顔になった目井さん。

 話を聞いたら、どうやら自分は何日も何も食べていなかったらしい。そのため、栄養失調によって危ない状態になっていたらしい。


 そういえば、ここしばらくの間実際に何かを食べた記憶がない。

 思い出の味を振り返って、食べた気になってただけだったんだ。


 点滴をしてもらったり、食べやすい栄養補助食品をもらったりして少しずつ回復しながら、もしかしたら、人間が味覚を再現する方法を考え出せなかったのって、こうならないようにするためだったのかなあと思ったりした。

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