tumor of a puppet

 診察室へと足を踏み入れたその患者様が誰なのか、目井めいさんは最初分からなかった。

 数秒間、全身をよく観察してみて…… それで、やっと気が付いた。


手遣てづかさん!?」

 

「……はい」

 名前を呼ばれた手遣は、右手でマスクを下ろし、パーカーのフードを脱ぎ、その顔をさらけ出した。

 そうしてから椅子に腰掛け、左手を目井さんの前にずい、と差し出した。


 そこには、パペットのようなものが装着されていた。おかっぱの髪型と楕円形のビーズのような二つの目、パカパカと上下に開閉する大きな口が特徴的。桃色の服を身に着けた幼子を模した、近所のおもちゃ屋で探せば似たようなものを見つけられそうな、そんなありふれたデザイン。

 それがありふれたパペットではないことは、下部の手を入れる部分が蕩けたようになって、左手首と癒着しているのを見れば一目瞭然だった。


「一体どうしたんですか!?」

 目井さんの驚きように、やっぱりヤバいんだ、この症状…… と戸惑い、冷や汗をかきつつ、手遣はできるだけ伝わりやすい言葉を探そうとした。

「二、三日前からちょっと腫れてるなとは思ってたんです。でも小さかったから…… 別にいいやと…… そしたら、今日朝起きたらこんな大きくなってて……」

 パペットのような口をぱくぱくさせながら話す手遣。

「ほうほう」

 パペットから目を離さない目井さん。

「ちょっと、全体的にジンジンするというか、痛みもあって…… なんか、表情もこっちと連動してるから、余計不気味で…… こりゃ一刻も早く診てもらわなきゃって、親の服を借りて来たんですが……」

 見れば確かに、パーカーを脱いだばかりの顔もパペットの顔も同じような不安さを浮かべていた。

「分かりました。検査してみますね」




「なるほど、これは人面瘡の一種ですね」


「え…… 人の顔みたいな腫れができて、喋ったり食事したりするっていう、あの?」


「しかもかなり大きめのね。私もここまでのは初めて見ます」

 告げられた検査結果に震える手遣に、目井さんは怖がらせないよう、パペットのような存在に向けて穏やかに続けた。

「ですが、貝母ばいもというアミガサユリの鱗茎りんけいを粉末にした生薬を人面瘡の口に飲ませ続ければ治すことができますよ。確かに大きいので、完治まで数週間はかかってしまうかもしれませんが、用法用量をお守りいただければ問題はないはずです」

 二つの顔は、まだ眉が下がったままではあったものの、同時に微かに安堵の色を示した。


「で、これがその貝母です。早速今飲んでみてください。はい、あーん」

 開封した小袋を、パペットのような存在の口元に近づける目井さん。

 大きな口は、その形を大きく歪めながら言った。


「……何してるんですか、目井さん」


「はい?」


?

 言われた言葉の意味を数秒間考えて…… それで、やっと自分の過ちに気が付いた。


「ああ! 大変失礼致しました! どうにも最近うっかりしていまして!」


 目井さんは慌てながら、パペットのような存在の口から小袋を離し、その存在が癒着する左腕をたどり、左肩の上、そこにあった、先程パーカーを脱いだ頭部にあった口に薬を飲ませた。

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