初詣の願い事

 ヒッチハイクで何台もの車を乗り継ぎ、途中で間違った行き先を示してしまったために変な場所で降ろされ、数時間ジャングルを彷徨うというトラブルに見舞われつつも、ようやっとお目当ての神社に到着した目井めいさんは、大勢の参拝客にもみくちゃにされつつもやがて順番が来て、賽銭箱の前に辿り着いた。

 賽銭箱にコインを投げ入れ、二礼二拍手一礼をした。そして最後の一礼からなかなか頭を上げなかった。ずっと下げっぱなしだった。隠れ煩悩まみれ人間なので、ここぞとばかりに数多の願い事をしていた。そんな目井さんの隣にもまた、頭を下げっぱなしの一人の子どもがいた。二人並んで下げっぱなしであった。他の参拝客達は微妙な目で横目に見つつも、特に怒ることもなくスルーしていた。


 小一時間も経った頃だろうか。二人はほぼ同時に頭を上げ、隣の人物に向き直った。

「いやー、祈りましたね」


「祈りましたよ。心から」

 子どもは照れたように笑った。



 

「今年一年も幸せに過ごしたいですからね。色々とお願いしたくなっちゃいますよね」

 特にお土産などは買わずに、このまま近くの自宅に帰ると言う子どもに、歩きながら話しかけてみた。

「そうかもね。でも、僕のしたお願いはたった一つだけだったんです」


「ほう。たった一つをよほど熱心にお願いされたんですね。もし良ければ、どんなお願いなのか伺ってもよろしいでしょうか?」


「僕おじいちゃんと二人暮らしなんだけど、今朝ね、おじいちゃんが家の屋根に登ったんです」


「? はい」


「どういう話の流れでそんなとこ登ったのか忘れたけど、とにかく登ったんです」


「はい」


「で、いざ降りようとしたんですけどね、何故かいきなりハシゴがぶっ壊れて降りられなくなっちゃったんです。それで『助けを呼んでくれー!』って叫ばれたんです」


「はい」


「だから僕、急いでこの神社に来て、ああしてお願いしたんです。『おじいちゃんが降りられますように』って、神様に助けを求めたんです」


「そうなんですね。降りられるといいですねえ」


「はい。じゃあこれで」


「ええ、ではこれで」


 そうして、目井さんは子どもの背中を見送った。




 少し考えて。


「……いや。いやいやいやいやいやいやいやいやあああああああああああ!!!」

 全速力で子どもの背中を追う目井さんであった。

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