冬の小話4話
①
「
「フン、人を湯たんぽ代わりにしやがって」
年末ということで何かと仕事に駆り出され、こうして同じタイミングで一緒に寝られるのはおよそ一週間ぶりだった。
外の陽光を遮る分厚いカーテンによって作り出された暗い部屋の中。無表情で仰向けの千古を、
「湯たんぽ代わりになんてしてませんよ。でもあったかいからこうしたくなっちゃうんです」
十の言葉に、千古はまたフン、とだけ返した。
思い返してみれば、出会った直後あたりから十は千古とスキンシップを取ることが多かった。今のように抱きしめたり、頭を撫でたり手を繋いだり。
初めは人生の大先輩を外見だけで
けれど、どうやら十の心を占めるのは自身の寂しさだけでなく、千古の抱え続けてきた寂しさもなのではないかと、千古はようやっと気付き始めていた。
何人も「あの子」の代わりにはなれない。何度も伝えたことを理解していないわけではないだろう。
だが、それを承知の上で、十は少しでも千古にとって大切な人になろうとしているのではないか。
これまでと、そしてこれからの千古の心の傷を完全に埋めることはできなくとも、ほんの少しでも埋めたいと…… ひょっとしたらそう考えているのではないだろうか。
自分は今あなたの側にいると。あなたを大切に思っていると。少しでも記憶に残しておいてほしいと。
愚かだな。こちとらもうとっくに忘れられなくなっているというのに。
先程まで何事か喋っていた、隣に横たわる大切な人が静かになった。
(寝たか……)
天井を向いたまま、そっと十に
寝ていると思ったのに、隣からははっと息を呑む音が聞こえ…… 抱きしめられる力が、少し強くなった。
②
「
思いがけず背後から声をかけられた赤い服の人物は、「びっくぅ~!」と大げさに叫び、大げさに飛び上がった。
ぎ、ぎ、ぎ、とロボットのような音がしそうなほどぎこちなく首を動かし、振り向いた先には、動物病院の小窓から顔を出す知り合いの獣医の呆れたような顔。
「だっ、だだだだだだ誰のことかな~? 僕は…… あの…… えっと…… そ、そう! ただの通りすがりのサンタさんだよ~!」
「考えないと自分が誰か思い出せないであるか?」
冷や汗をかきつつ必死で考えた虚偽のプロフィールをあっさり論破され、ますます焦る。
「さ、最近忘れっぽくて~…… う~…… あの~……」
「もういいであるよ、そういうの」
小さな空間に身体を押し込め、するりと庭に躍り出る
「こんなもん付けてたって、あんたが甘井氏なのはバレバレである」
言うが早いが、甘井の下瞼あたりにテープで接着された作り物の長い白ひげをベリッと剥がす。
「いたた~。え~、嘘、バレてたの~!? 完璧な変装だったのに~……」
素顔を晒され、いたずらが露見した子どものようにしょげ返る甘井。
「どこに完璧の要素があるんであるか。しかも近所のスーパーで売ってる衣装であろう、これ…… さて、今日こそ説明してもらうである」
「な、何を~?」
「先月中頃くらいから毎日、ああして大量の菓子が
小窓の側に鎮座する、パンパンに膨れ上がった白い布袋を指差す。
「うちの医者達だけじゃ食べ切れないんで患者様の飼い主さん達にも配ったりしてどうにか消費しているであるが、そろそろ追いつかなくなりそうなのでな。もう止めてほしいんであるが」
「え、でも~……」
「何をモジモジしているんであるか。反論があるのならはっきり言葉にするである」
「……かなって~」
甘井はサンタクロースのそれを模した上着の裾を握りしめ、少し視線を逸らし、聞き取りにくい小声で何かを呟いた。
「あ?」
「……大丈夫かなって~。もねが~」
「……吾輩が大丈夫かとは、どういう意味であるか?」
「……だって~」
真珠にも似た歯で一度ぐっと唇を噛み締め、意を決したように杓子を見て続ける。
「もね、ずっと、ず~っと元気ないから~。普通にしようとしてても、やっぱり元気ないから~。あのことがあってから、ずっと~。
だから、何かしなきゃ~って~。……けど、僕こんなんだし、どうするのが正解なのか、全然分からなくて~…… 考えて、考えて、考えて、僕なら何をしてもらったら嬉しいかって考えたら、こんなことしか思いつかなくて~……」
裾を握る両手に力がこもる。顔を俯かせる。
「絶対に間違ってるのは分かってるよ〜! こんなことしても、もねは元気になんてなれないって~! もねが本当に欲しいのはお菓子じゃないって~!
けど、他にどうしたらいいのか分からなくて〜! だから、だから〜……」
いつものような間延びした声は、けれど少しくぐもっていた。
自身の黒いブーツに視線を落としたままでいたら、頭上から冷徹な言葉がかけられた。
「もういい。もう持って来なくていいである」
「……無駄だから~?」
ふうっ、と短い溜息。と思ったら、強い力で抱きすくめられた。
「そうではない。その気持ちだけで十分だからである」
腕の中は、暖かかった。
……嘘だ。
感づいたが、指摘することはできず、ただ抱かれ続けたままでいることしかできなかった。顔を上げて杓子の表情を見ることが、どうしてもできなかった。
杓子は気付いていた。菓子が置かれるようになったのが
だからこそ。
「そうである、無駄だからである」
そんな本心は、告げられなかった。
自分は今、ちゃんと甘井を騙せているだろうか。
腕の中の小刻みに震える温もりを感じながら、杓子は灰色がかった空をぼんやりと眺めた。
③
「
「いいですね! ただ、その……」
ご機嫌な
「ダメ?」
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、この前私、年越しそばがゾンビ化して人々に襲いかかる自主制作映画撮影しましたでしょ?」
「あー! あの私が大量のおそばに絡みつかれて捕食されるモブの役やったやつね!」
「はい。あれのことがあって、しばらく年越しそば食べたくないんです……」
「映画観た人がそうなるならわかるけど、指揮した
「
「なるほどね。じゃあ年越しそば以外のもの食べながらホラー映画観よっか! で、新年迎えたらおせち食べながらホラー映画を……」
「あー、それもちょっと……」
「?」
「『年越しそばゾンビ』の後に、『おせち料理 of the DEAD』撮影したじゃないですか」
「私が重箱から飛び出してきたエビゾンビに背中側に折り曲げられて殺されるモブで出演したやつ?」
「それです。あれがあって、おせちもしばらくダメそうなんです」
「そっかー、まあたまにはおせちのないお正月もいいかもね! 年始にはおせち以外にも、お餅や七草粥や、美味しいものはいっぱいあるし……」
「じ…… 実はですね、今現在『アタックオブお餅』や『7日の金曜日』やらも撮影中でして…… ついでに言うとチョコレートゾンビの映画も撮影予定なので、バレンタインも……」
「季節の食べ物縛りー!」
④
「
「私にできることなら何でもやりまスよ! 何ッスか?」
「えーと、ちょっとこっちに来ていただけますか?」
目井さんに誘われるがまま診察室に
「みかん」と表記されているのを見て、このデカさなら、みかん数千個は入ってたんじゃないッスかねえ…… などと考えを巡らせ始めた長池の
何事かと長池が見守る中、目井さんはもう一方の足も入れ、箱の中に屈んだ。内側から両手で上部の面を閉じる。次いで、ベリベリベリッ、ビリッというような音が聞こえた。ちょうど、ガムテープを剥がしてダンボールに貼ったような。
箱の上部を覗き込んでみた。閉じられた面には送り状が貼り付けられており、宛先は国内で最も多く初詣の参拝者が訪れる神社となっていた。品名の箇所には「人間(
長池は一束の髪をカッター状にし、内側から塞がれたばかりのガムテープを切って段ボール箱を開いた。そして別の髪を二束伸ばし、中で体育座りをしていた目井さんの両脇の下にそれぞれ入れて持ち上げた。
「目井さん」
「いえね、前々から是非一度行ってみたいと思ってたんですが、調べたらやたらと交通費がかかるようで。それなら荷物として宅配便で届けてもらった方が安く上がるので」
「目井さん」
「ですが箱の中に入ってしまったら身動きが取れなくなってしまうので、力持ちの長池さんに郵便局まで運んでいただこうと思いまして。長池さんならうまくすれば、現地まで空飛んで運んでくれるかもしれないとも期待しつつ」
「目井さん」
「食料や携帯トイレは持ってますから」
「目井さん」
「ホッカイロも持ってますし」
「目井さん」
「お土産買ってきますから」
「目井さん」
「神社で開封してもらった時に怒られそうになったら、裏声で『サプラーイズ! オ年玉ハ目井サンダヨー!』って言ってお茶を濁そうかと」
「目井さん」
「ごめんなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます