utilized hair2

「おはようございます長池ながいけさん」


「どうしたんスかたきちゃん? 声ガラガラッスよ?」


「はは、昨日のカラオケで張り切りすぎまして…」


「あー、いっぱい歌ったッスもんね。今日は無理して喋らないで筆談でもするッス。あと飴でも舐めて」


「ありがとうございます… 長池さんは大丈夫なんですか?」


「最近は声帯じゃなくて髪震わせて発声してるから痛くならないんスよ」


「そうなんですか。流石ですね」




「最近働き過ぎだよ? うさちゃんも心配してるし…」

 ウサギのぬいぐるみを抱きしめた上司は、長池に気遣うような視線を投げかけた。


「平気ッス。仕事楽しいッスし」


「だからって何人分の仕事よそれ? いくらなんでもさあ…」


「本当に大丈夫なんスよ。マルチタスク余裕ッス」


「だとしてもなあ… 絶対に無理だけはするなよ?」


「了解ッス!」

 長池は髪を駆使して50台のPCを操作しながら答えた。




「それでもさ、偉いと思うよ、犯罪で使った能力をいい方に活かそうとしてるのって」

 仕事の休み時間中。津々羅つづらが言う。言われた狗藤くとうは俯き加減に答える。


「…そんなことありませんわ。本当に偉い方なら盗みなんてしませんもの。今でも私のしたことで苦しんでいる方や亡くなった方がいるのかもしれないと思うと、もう…」


「…でも、もう二度としないって決めてるじゃん。実はあなたの昨日のお祭りのステージ見に行ったんだけどさ、天才だと思ったよあのマジック。特にあの手のひらから鶏が出てくるやつ」


「ご覧になってくださったんですね。ありがとうございます。でも、私なんて本当にまだまだですよ」


 ふと視線をずらす狗藤。その先には、明日祭りのステージで披露する出し物の練習をしている長池。

 髪でヴァイオリンやトランペット、ピアノやハープやチェロなど30ほどの楽器を形作り、思わず聴きほれてしまう音色とメロディの曲を演奏していた。さながら一人オーケストラだった。


「あちらと比べれば、私なんてステージにつっ立てるだけで何もしてなかったに等しいですわ」


「いや、アレと比較しちゃダメだから」




 休日、カフェにて。

 突如小説のアイデアをひらめいたエスクリビール(Escribir)は、忘れる前にメモしておこうとスマホを取り出した。

 が、画面は真っ暗。ホームボタンを連打しても真っ暗。バッテリー切れだった。


 今は筆記用具も持っていないし、モバイルバッテリーもない。座っている席にはコンセントもないからどうしようと軽く焦った。


 と、視界の端に褐色の細長い何かの束が入り込んできた。20本ほどの髪だった。向かいの席からやってきたそれがそろりとスマホの充電口に接触した瞬間、スマホは大きく振動すると同時に、ホーム画面を表示した。先程までのことが嘘のように、バッテリーが満タンであることを示すサインも表示されている。


「…何したん?」

 顔を上げて向かいの席の長池を見やった。


「困ってるみたいだから充電してやったんスよ。人間の体内には微弱な電気が流れてるんで、それを髪にまとめてね。お礼にドリンク1杯奢るッス。髪で吸って飲むッス」

 

「ありがたいけど奢らん」


「はあー? なんでッスかドケチ!」


「うるさいわ、熊みたいな髪型しとるくせに」


「そっちこそ、うねうねしたワカメみたいな髪型のくせにー!」




「この前、仲いい子達に、非口ひぐち達、秘密言った、けど、みんな、受け入れてくれたね」


「うん、みんな優しかったね。全然心配することなんてなかったね…」


「…デンス(Dens)さん」


「ん?」


「ずっと、言えてなかった、けど、夏休み前、学校で、非口の陰口、言ってる人のこと、怒ってたね」


「えっ、見てたの? …うん、だってあれは否定しなきゃいけないことだったから」


「…ありがとう」


 非口とデンスは、美容院「Too Long」で長池に施術してもらいながら会話していた。個室ではない。他の客もいる店内でだ。


「まだ、怖い。けど、ちょっとずつ、慣れたい」


「うん。一緒に頑張ろうね」

 そんな会話の後ろで、長池は2人の後頭部が他の客から見えないほどの高速でハサミの形状にした髪で髪を切り続けていた。




「?」

 町中で見かけた1人の子どもに、水住みなずみは目を留めた。

 買い物帰りなのか、丸々と膨らんだエコバッグを抱えた水住と同い年くらいの小さい子。どこにでもいそうな子だったが、一点だけ水住の興味を引いたのは、その子の下腹部の辺りから細長く褐色の何かが伸びていたことだった。しっぽが腹から生えているかのようだった。


 失礼だとは思いつつも、好奇心に負けて後をついていくことにした。

 その子は腹に生えたしっぽに導かれるかのように、というか引っ張られるように、脇目も振らずに一直線に小走りで進んでいった。


 やがて、その子は一軒の建物の前で足を止めた。

(あれ? ここToo Longじゃん。ここの子? ミカさん達しか住んでないはずじゃ…?)

 疑問に思う水住の耳に、そのミカさんの明るい声が響いた。


「おかえりー! ありがとッス私のぶんしんー! やっぱ忙しい時は助かるッス―!」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、子どもはまたたく間に全身の色を変えていった。肌の色も髪の色も靴の色も、褐色に、腹部のしっぽと同色になっていく。

 完全に全身が褐色と化したかと思うと、目を皿にしている水住の前で、ぐるり、と子どもは身体の中心から穴が開いていくようにほどけた。


 うずまき状に巻かれて人間の形を成していたぶんしんはその形を失い、長い長い一束の髪となって自動ドアから店の中へと入っていく。エコバッグも忘れずに絡ませて。


「…」

 ツッコみたいことはあったが、ややこしいことになりそうだったので何もせず家に帰った。




「うわあああああああ!」

 消火活動中の一里間ひとりまは絶望に満ちた悲鳴を上げた。


 マンション全体を覆い尽くす炎。その中から、逃げ遅れてパニックになったと思しき人物が1人飛び降りたのだ。それも最上階の10階から。

 あの辺りにはマットなども敷かれていないし、救助にあたってくれる者もいない。

 あの人物には、硬いコンクリートに叩きつけられる未来しか見えない。


 色々なことがありつつも、人を助けるために頑張って消防士になったのに。狗藤さんもあんなに支えてくれたのに。見える所にいる人なのに。

 …救えないの? そんな、そんなこと…


 と。


 ビュンッ。

 背後から風を切って、新幹線のような速度で何かが飛び込んできた。

 長い、ひょろしとした、触手のような何か。

 それは迷うことなく落下中の人物に向かい、目にもとまらぬ速さで巻き付いた。

 

 …助けてくれた?

 触手の元をたどって振り向くと、2mほどの目も口もないヒグマのような何かが真後ろに立っていた。


 なんでこんなところにこんな生物がいるんだとツッコみたかったが、とにかくこの生物に心から感謝した。


 そうして、炎を吸い込み続けていると。


 燃え盛る中、10ほどの玄関ドアがほぼ一斉に荒々しく開かれた。まだ逃げ遅れている人々がいたのだ。

 その10人ほどの人物達は口々にメチャクチャな悲鳴を上げながら、またしてもほぼ一斉に飛び降りた。


「いやあああああああ!」

 今度こそダメだ。一里間は悲鳴から絶望を溢れ出させた。


 その悲嘆は全くの無駄に終わった。


 ビュン、ビュン、ビュン。

 何度も響く風を切る音。

 背後の生物が再び触手を伸ばしたのだ。それもちゃんと飛び降りた人数と同じ数だけ。

 そうして、無事に全員を空中でキャッチした触手が、ひどく神々しいものに見えた。

 人々は妙な生物に掴まれたせいで、落ち着くどころかかえって深いパニックに陥ってしまっているようだったが、間違いなく命は助かっている。


 この生物には絶対に感謝状を贈らなければならない、いや、それどころか町を挙げて一生世話をするくらいのことをしなければならないと確信しながら、一里間は残りの炎を吸収し続けた。




「ああ、持病のある患者様から『急に具合が悪くなったからすぐに家に来てほしい』とご連絡が! しかしここからだとどんなに急いでも1時間はかかってしまう! おや、ちょうどいいところに長池さん!」


「何スか?」


「これこれこういうわけなんです。送っていただけませんか?」


「よっしゃ、お安い御用ッス! 私なら3分で行けるッス! さあ、つかまるッス!」


 腹部から伸ばした2束の髪に目井めいさんをつかまらせた長池は、背中から髪で構成された大鷲のような翼をバサリと生やし、大空へと舞い上がった。

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