残っていたもの
町中を歩いていると、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
声のする方を向くと、車椅子に乗った相当な高齢と思しき人物が、目井さんを指差して何事か叫んでいた。怯えに満ちた表情だった。
家族と思われる数人の人物が車椅子の向きを変えて目井さんが見えないようにしてなだめたことによって落ち着いてきたらしく、徐々に声は静まっていった。
どうしたんでしょう、私何かしてしまったんでしょうか… と目井さんが心配して見ていると、先程の家族と思われる人物のうちの1人がやってきた。
「申し訳ありません。おじいちゃんが…」
「いえ… こちらこそ何かお気にさわることをしてしまったのでしょうか」
「そんなことはありません。むしろ… こういうと失礼なのですが… ありがとうございます」
「?」
「うちのおじいちゃん、今は普段は施設で暮らしてるんですが、周囲の人が何をしてもほとんど反応しないそうなんです。今日は久しぶりに家族で外出してるんですがやっぱりそんな感じで。
もうしょうがないのかなと思ってたんですが、先程あなたを見たおじいちゃんが、悲鳴をあげるという反応をしてくれたんです。
おじいちゃん昔、ある人にひどいことをされたことがあって、そのトラウマがあって… そのひどいことした人はもうとっくに亡くなってるんですが、あなた少しだけその人に似てるんです。だから思い出したんだと思います。
でも、たとえ恐怖の感情であっても、おじいちゃんには残っているものが、表現できるものがあったんだって分かって、少し嬉しかったんです。
本当に、あなたにもおじいちゃんにも失礼なんですが… 申し訳ありませんでした。ありがとうございます」
頭を下げて、その人物は家族の元へと戻って行った。
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